「私ひとりだったら、こんなに素敵な思い出は作れませんでした。本当に――」
「そのパリの思い出を、もうひとつ増やしてみる気はない?」
何度目かのお礼は、危険なほどの色香を漂わせる伊織の発言に遮られた。
彼がなにを言わんとしているか、その眼差しひとつで察せられる。
わずかに欲望を含んだ声に千鶴が小さく息をのむと、伊織は「……しまった、順番を間違えた」と唇を噛んだ。
「西澤さん?」
それからしばらくの間、妙な沈黙がふたりの間に流れる。目の前の伊織が大きくため息をつき、前髪をくしゃりとかき上げた。その表情には悔恨を滲ませている。
「……俺が日高さんを好きだと言ったら、君は信じてくれる?」
千鶴はぱちぱちと目を瞬かせる。
もしも伊織が自分と同じ気持ちだとしたら、どれほど嬉しいだろう。旅先で偶然出会い、恋に落ちるなんて、まるで映画のようにロマンチックだ。



