「パリ中を歩き回ったり、素敵なドレスで変身したり、ガイドブックには載っていないお店でおいしいお料理をいただいたり、初めての経験ばかりです」
初めての経験は、他にもある。
男性に目を奪われたり、一緒にいる時間があっという間に過ぎてしまったり、こんなにも離れがたく感じたりしたのも、伊織が初めてだ。
(私、伊織さんが好き……)
自分でも信じられないほど急速に彼に惹かれ、たった一日で恋に落ちてしまった。
けれど、それを口にする勇気はない。彼は違う世界の人間だ。アパレル企業の御曹司であり、世界で活躍する外交官。一方の千鶴は、明日には日本へ帰るただの旅行客。
想いを告げたところで困らせるだけだ。もしかしたら、たった一日で恋に落ちた単純な千鶴に呆れてしまうかもしれない。
それならば、楽しい観光の記憶に留めておこう。
恋に慎重であるがゆえに臆病になってしまった千鶴は、この気持ちに蓋をすると決めた。



