策士な外交官は計画的執愛で契約妻をこの手に堕とす


伊織について知っているのは、名前と外交官という職業だけ。一緒に過ごしたのはフランス滞在中のたった数時間で、連絡先すら聞いていない。

別れ際に東京のひだかという料亭で働いていると伝えたけれど、彼はフランスにある日本大使館に勤務していると言っていたし、本当に会えるとは夢にも思っていなかった。

先付け、椀物と順に料理を提供するたびに、伊織の視線が自分へ向けられているのがわかる。

『穴が開くほど見つめる』という慣用句があるが、実際に視線で穴が開くのなら千鶴はすでに蜂の巣状態になっているだろう。それくらい、彼が自分を見ているように感じた。

「本日は新鮮な鰆が入ったので、どうぞお刺身で味わってみてください」

必死に気持ちを切り替えて料理の説明をすると、その日初めて伊織が千鶴に声を掛けてきた。

「いいですね。〝サワラの刺身は皿までなめる〟と言われるくらいおいしいと聞きます」