きっと優しい社交辞令だ。そんな日は来ないとわかっているけれど、伊織がそう言ってくれるだけで嬉しかった。
急速に惹かれていく自分から目を背けるように、千鶴はワインを口にした。先ほどから少し飲みすぎているのか、顔だけでなく身体が熱い気がする。
「西澤さんは弟さんがいらっしゃるんですね」
「うん。俺よりふたつ年下なんだけど、好き勝手して家業を継がなかった俺と違って、真面目に社長をしてるみたいだ。日高さんは兄弟いるの?」
「三つ上の兄がいます。すごく心配性で、今回の旅行も『ツアーだからってひとりで行くなんて』って両親よりハラハラしてました」
「日高さんを見てたら、お兄さんの気持ちもわかるな。誰にでも優しい自慢の妹が危ない目に遭うんじゃないかって心配なんだよ」
そう言って、伊織は千鶴に向かって手を伸ばす。節ばった長く綺麗な指先から目が逸らせない。
「観光地は華やかだけど危険もある。スリみたいな犯罪はもちろん、俺みたいなナンパ男にたぶらかされないか、とかね」
アルコールで赤くなった頬をさらりと撫でられ、千鶴の身体はカチコチに固まった。
「飲み過ぎじゃないか? 顔が赤い」
千鶴と同じ量のワインを飲んでいるはずなのに、彼の大きな手のひらはひんやりと冷たい。自分だけが彼にドキドキさせられて体温が上がっているのを突きつけられているようで、なんだか面白くない。



