料理に合うようにとお任せした赤ワインが程よく回り、伊織とふたりで食事をする時間が楽しくて仕方がない。いつもよりもテンションが高い自覚があるが、この夢のような時間は今日限りのものだからと自分を許すことにした。
「喜んでもらえてよかった。ガイドブックには絶対に載ってない、隠れた名店なんだ」
メインは仔牛フィレ肉のロティ。肉の旨味を存分に味わえるのはもちろん、ソースがとにかく絶品だった。
「このソース、残しちゃうのがもったいないくらいおいしいです」
「パンにつけて食べたらいいよ」
「……実はちょっと、そうしたいなって思ってます。でもこれ、お行儀が悪いから外ではしないでねって言われるやつですよね?」
「スカルペッタって言うんだ。皿を拭うほどおいしいっていう意味だし、よっぽど高級店じゃない限り大丈夫」
そう言うと、伊織は早速実践してみせる。おいしそうに頬張り、ニヤリといたずらっぽく笑われて、千鶴も結局は我慢できずに手を伸ばした。
「んんーっ! 禁断のおいしさです」
すると、伊織が噴き出すように笑った。
「本当に可愛いな。日高さんって、もしかしてどこかのお嬢様?」
「えっ? どうしてですか?」



