「あ、待ってください。私、まだお会計が済んでなくて」
「なにを言っているの。あとで伊織に請求するから大丈夫よ」
「えぇっ? そんなわけには」
「俺が連れてきたんだから当然だよ。ほら、行こう」
伊織は困惑する千鶴の手を取り、自身の肘を持たせた。さらりと自然な仕草に、千鶴の胸は大きく高鳴る。
「千鶴さん、またいらしてね。よい夜を」
千鶴は大きく頷くと、お礼を伝えて伊織とともに店をあとにした。
「んっ……! なんですか、これ! おいしすぎます」
慣れないドレスに身を包み、誰もが見惚れるような男性にエスコートされてやって来たのは、マテリエルというフレンチレストラン。
千鶴は老舗の日本料理店の娘に生まれたため、無自覚ではあるが舌が肥えている。そんな千鶴でさえ驚きに目を見張るほどの極上の料理は、まさに皿の上の芸術だ。



