通訳を務めているのは、西澤伊織。彼が今日のアテンド役で、この店を予約した外務省の職員だ。
ダニエルは日常会話に困らない程度には日本語が堪能だが、酒や料理に関する細かな情報を正確に理解するのは難しいようで、必要に応じて伊織がフランス語で補足している。
ついその様子に見惚れていると、母から声を掛けられた。
「お選びいただいたお酒に合う酒器をお持ちして」
「はい」
ひだかには祖父や父が選りすぐった銘酒と、それに合う酒器が用意されている。酒の香りを楽しみたいときには口径の広いものを選んだり、燗酒には錫製の酒器で提供したりと、客に料理と酒を存分に楽しんでもらえるよう趣向を凝らしているのだ。
千鶴はすぐに準備に取り掛かる。いつも通り丁寧な接客を心がけながらも、どこかそわそわと落ち着かない。
(まさか、本当に来てくれるなんて……)
伊織とは今日が初対面ではない。半年前のフランス旅行中、困っていた千鶴を助けてくれたのが偶然通りかかった彼だった。



