気になりつつも、とりあえず自室で部屋着に着替えてリビングへ戻ると、千鶴の姿がない。
「千鶴?」
部屋を見回すと、彼女はキッチンに蹲り、文字通り頭を抱えていた。
具合が悪いのかと焦って駆け寄ろうとした伊織だが、聞こえてきた呟きに動きを止める。
「うーん、どうやって話そうかな。こんなに早く帰ってくるなんて予想外だよ……」
用意されたマグカップからは湯気が立っており、コーヒーのいい香りが漂ってくる。うんうん唸りながらひとり言を呟いているのを見る限り、火傷をしたわけでも、体調が悪いわけでもなさそうだ。
(帰った時の違和感は、なにか話したいことがあったからか。そこまで緊張するなんて、一体なんの話だ?)
小さく蹲る妻の可愛らしい様子をこのまま見ていたい気もするが、それは悪趣味だと思い直す。
「どうしよう、まだ心の準備がぁ……」
「なんの心の準備?」
「ひゃあっ!」
声を掛けると、千鶴がぴょんと飛び上がった。
「い、伊織さん! え、やだ、声に出てましたか?」
「うん。もう少し遅く帰ってきた方がよかった?」
「ごめんなさい、そうじゃないんです」



