策士な外交官は計画的執愛で契約妻をこの手に堕とす


雨宮の妻は有名な聖園歌劇団の元トップスターらしく、城之内の妻とは学生時代からの親友だという。

「一年後には湊人が小学生なんだが、そろそろ海外転勤があるんじゃないかと沙綾がそわそわしてるんだ」
「夕妃も気にしてた。連れて行くのならある程度準備もいるし、早めに内示がほしいよな」
「あぁ。英語とドイツ語は教えているが、まだどこの国に行くのかもわからないしな。湊人が物怖じしない性格なのが救いだ」

話を聞きながら、伊織はふと以前の千鶴が悩んでいたのを思い出した。

『外交官の妻として、なにかお手伝いすることはありますか?』

今回は店で嫌がらせをしてきた恵梨香から余計な話を吹き込まれたのだろうが、今後も疑問や不安を感じる場面に出くわすことがあるかもしれない。

千鶴の場合、なんでもひとりで解決しようとする節がある。天然ぶりを発揮し、斜め上の結論を出しかねない。

『伊織さんにとって、私はあまり必要ないんじゃないかって考えてたから』

あの言葉を聞いた時は、目眩がするほど驚いた。もう二度とあんな風に悩ませるつもりはないが、同じように外交官を夫に持つ友人がいれば、千鶴がなにか不安に思うことがあったとしても、おかしな思考に至るのを止められるかもしれない。

「いつか、ふたりの奥さんにうちの千鶴を紹介させてほしい」

伊織がその理由をこれまでのエピソードとともにかいつまんで話すと、雨宮は「西澤を振り回すなんて、奥さんもやるな」と豪快に笑った。