「……合理主義で策略家の西澤が、そんな個人的な理由で留任を勧めたのか」
「一番の理由は彼の優秀さだよ。親日家だし、俺たちにとって仕事のしやすい相手だ。それにAI共同研究は始まったばかりだしね」
「わかってるよ。でも奥さんの影響もあるんだろ? すごい変わりようだな」
それは自分でもそう思う。これまでは仕事のことだけを考えて生きてきたが、千鶴と出会って優先順位が変わった。
決して仕事を疎かにするわけではないが、常に頭のどこかに彼女の存在があり、だからこそ今まで以上に張り合いが出る。
「本当にベタ惚れってやつだな。つい最近まで奥さんに監視つけてたって聞いて引いたわ」
「監視じゃない、SPだ」
雨宮のからかうような発言を、伊織は即座に否定する。それに問題が片付いたため、すでに解約済みである。
「そのSPから店で騒いだ女性客の情報を聞いて、彼女も海外に飛ばしたんだろ。それ、奥さんは知ってるのか?」
「千鶴と彼女はなんの関係もないんだ、知るわけないだろ。それに飛ばしたわけじゃない。もっと自分に合った環境に身を置きたいと周囲に言っていたらしいから、彼女に見合うのは日本ではないんじゃないかと助言しただけだ」
恵梨香が勤めている研究所は、デジタル庁からフランスとの共同研究プロジェクトを受託し、彼女はそのチームの一員だ。
AI教育の推進を図るデジタル庁副大臣肝いりの研究で、フランス大使も期待を寄せているという大型プロジェクトだが、恵梨香はメンバーから外され、別の研究所へと移籍になった。
彼女がとある高級料亭で店員に嫌がらせをしたあげく、それを止めたフランス大使に気づかず食って掛かったという噂が広がり、ついには委託元の副大臣の耳にも入ったのだ。そんな非常識な振る舞いが気難しい彼の逆鱗に触れてしまったらしく、残されたチームメンバーは肩を竦めるしかなかった。



