(千鶴らしい条件だな。彼女のことだから、いつかまた親子で来店する日を願いそうな気がする)
一時はダニエル本人も大使を辞すると言っていたが、伊織は様々な証拠をすべて大使に渡した上で、このまま任務を遂行するよう勧めた。説得に多少の時間はかかったが、彼は今もフランス大使として辣腕を振るっている。
「あぁ、息子の悪行の証拠を自分の胸ひとつにしまうと見せかけて、いざって時の切り札にしようとしてるんだろ」
雨宮がグラスを傾けながら口の端を上げる。
ダニエルは真面目で誠実だが、大使にまで上り詰めただけあって非常に頭の切れる人物だ。当然フランスの国益のために動けば、伊織たち日本の外交官と意見が割れることもある。
そんな彼にプライベートとはいえひとつ貸しを作っておけたのだから、今後の交渉の際の武器になり得ると雨宮は考えているのだ。
「お前は策士だからな。駆け引きの材料にしかねないだろ」
「人聞きが悪いな」
伊織は笑って肩を竦める。彼の言う理由も間違ってはいないが、残留を強く勧めたのは、お人好しな千鶴の存在もあった。
「大使が辞任したとなれば、千鶴はきっと『彼を巻き込んでしまった』と自分を責める。彼女は本心から、ダニエルにまた店へ来てほしいと願ってるんだ。悲しませたくない」
伊織が淡々と告げると、城之内が信じられないものでも見たかのような顔をする。



