『幼い頃に母を亡くした彼を可哀想だからと、なんでも与えて甘やかしてきた私の責任だ。もちろん、過去に傷つけた女性にもきちんと謝罪をさせる』
息子の裏の顔に打ちのめされた様子のダニエルだったが、反省と更生の機会を与え、それでもダメならば親子の縁を切るとエリックに伝えたらしい。
(それでどこまで反省するかはわからないが、この先のことは俺には関係ない)
淡々と説明すると、雨宮が意外そうな顔をする。
「へぇ。西澤は過去の不祥事と合わせて告訴するつもりなんだと思ってた」
「俺も、そのつもりだったんだけどね」
伊織は〝モルトの香水〟と呼ばれる華やかな香りのウイスキーを飲み干すと、先日の千鶴との会話を思い返した。
『星の低いレビューやSNSの誹謗中傷を目にしたお客様も多くいらしたんですけど、それで離れてしまった方はひとりもいませんでした。今はもうすべて削除されてますし、この件はこれで終わりにしたいんです』
ネット上に誹謗中傷を書き込む行為は、名誉毀損罪や侮辱罪にあたる可能性がある。しかし被害者である千鶴や彼女の両親は告訴しなかったため、この件に関してエリックが法的に処罰されることはなかった。
伊織としては、あれだけのことをしたのだから厳罰に処されるべきだと思うが、これ以上騒ぎを大きくしたくないというひだか側の要望もあり、弁護士を通じて『二度と同じ過ちを繰り返さないこと』と『心から反省するまでひだかに近づかないこと』を明記した念書を作成させ、一応の終結を迎えた。



