策士な外交官は計画的執愛で契約妻をこの手に堕とす


毅然と言い返す千鶴を、エリックは鼻で笑う。

『君ひとりになにができるんだ。いいから来い』

立ち上がって腕を掴もうとする彼の手を振り払い、千鶴はキッとエリックを睨みつけた。

『触らないでください! それに、私はひとりじゃありません』

そう言い放った千鶴の視界の先、エリックの背後には、誰よりも頼りがいのある夫がいた。

『Je t'ai dit qu'elle était à moi.(彼女は俺のものだと言ったはずだ)』

仕切りの反対側の席で見守ってくれていた伊織が、彼の腕を掴む。

「伊織さん」
「よく頑張った。ここからは任せて」

伊織に気づいたエリックは大声でなにか捲し立てているが、それを冷ややかな目で聞いている。そしていくつかの会話の応酬をしたあと、伊織はすっと身体を横に引いた。

『Ça suffit maintenant !(いい加減にしろ!)』

怒りに震えたフランス語は、ダニエルのものだった。千鶴も驚いたが、突然伊織の後ろから出てきた父親に叱責され、慇懃に振る舞っていたエリックは蒼白な顔で声も出せないまま立ち尽くしている。