遊び相手にしようと思っていた女が自分に靡かなかったから。その婚約者も、娘を守ろうとした両親も気に入らないから。そんな理由で人を雇い、悪質な嫌がらせをしているエリックに、千鶴は怒りを通り越して目眩がした。
『千鶴がいい子にしていれば店の誹謗中傷は消える。でも僕に逆らえばどうなるか……わかるよね?』
彼は子供なのだ。すべてが自分の思い通りになって当然と考えていて、そうでないと癇癪を起こす。その証拠に『告げ口したって無駄だよ。フランスでも、なにかあれば父の側近が頑張ってくれていたからね』と恥ずかしげもなく口にする。
成人してもなお親の権威を笠に着て傍若無人な振る舞いをしているなんて、幼稚という意外にない。
『飲まないのなら、そろそろ部屋に行こうか』
テーブルに手をついて立ち上がりかけたエリックに向かい、千鶴は静かに告げた。
『部屋には行きません』
『なんだって?』
『私は結婚しているんです。男性の泊まる部屋に上がるわけにはいきません』
『この期に及んでなにを言っているの? 千鶴が来ないのなら、ヒダカはもっと炎上するよ? 今まで以上の書き込みをして営業停止に追い込んでやろうか』
あくまでも優位な姿勢を崩したくないのか、彼は笑みを湛えたまま。けれど、その瞳にはあきらかな苛立ちが滲んでいる。
『私の大切な場所を、あなたみたいな人に壊させたりしません』



