そう告げると、彼は蕩けるような笑みを向けてくれる。そのまま再び抱きしめられ、千鶴も彼の背中に腕を回した。
「それにしても、まさか『自分は必要ないかも』なんて悩んでるとは思わなかった。相変わらず、明後日の方向に考えるんだな」
「だって、それは……」
「外交官の妻の役割、だっけ? 千鶴は英語なら日常会話は問題ないし、和装の着付けもできて日本食に精通している強みもある。マナーも前回のレセプションで問題なかった。本当に今の君のままで十分なんだ」
政治家や大企業のトップが店に出入りしているとあって、千鶴は時事関連のニュースには必ず目を通している。それを知っている伊織は、これ以上勉強すべきことはないと千鶴の不安を一蹴した。
「でも、いつかまた海外の大使館へ派遣される時には、ついてきてほしいと思ってる。仕事を辞めざるを得ないし、言葉も通じない場所で暮らすのは大変かもしれないけど、それでも俺は千鶴を連れていきたい」
「嬉しいです。私も、伊織さんと離れたくない」
もちろん着いていくつもりだと頷くと、彼は大きく息を吐いた。
「はぁ、長かった。おあずけもそろそろ限界だったんだ」
「おあずけ?」



