彼にとって店の女性にちょっかいをかけるのは日常茶飯事で、すぐに忘れ去る程度のことだったのだろう。
そう思っていたけれど、タクシーに乗り込む際、千鶴を舐めるように見てニヤリと笑うエリックの視線に気づき、ぞわりと鳥肌が立った。
(あまりお客様を悪く言いたくないけど、ちょっと嫌な感じだったな……)
彼らの乗った車が路地を抜けるまで見送ると、そのまま暖簾を下ろす。少し時間は早いけれど、今日はもう店じまいの予定だ。
「気に入ってくださったようでよかったわね」
「あぁ。親日家のようだし、あの様子なら本当にまた来てくださるかもしれないな」
「ダニエルさんは日本語がお上手だったけれど、今後は英語や他の国の言語のメニューもあった方がいいかしら。うちのお店で英語で対応できるの、千鶴だけだものね」
両親が片付けをしながら嬉しそうに会話する横で、千鶴の頭の中は伊織のことでいっぱいだった。
(『あとで』って言ってたけど……あとって、いつ?)
彼の謝罪は必要ないけれど、千鶴は助けてもらったお礼を伝えたかった。



