策士な外交官は計画的執愛で契約妻をこの手に堕とす


「ごめん、来るのが遅くなった」

悔恨の滲む声音と、守るように背中を包むあたたかい腕に驚き、千鶴は彼を見上げた。

エリックは伊織に対し勢いよく捲し立てているが、彼は淡々とそれらに答えている。千鶴がまったく理解できないフランス語の応酬におろおろしている間も、彼は千鶴の肩を抱いたままだ。

なにを話しているのかまるでわからないが、挑発するかのようなエリックの表情が気にかかる。

やがてエリックはフンと鼻を鳴らし、ドスドスと足音を立てながら個室の方へと戻っていった。

人の悪意に鈍く、よくも悪くもお人好しだと言われる千鶴にすら、先ほどのエリックがなにをしようとしていたかはわかる。そして、それを伊織が助けてくれたことも。

(どうしよう、私のせいで西澤さんのお仕事に支障が出ちゃうんじゃ……)

千鶴が彼をうまくあしらえなかったために、外交官の伊織とフランス大使の息子であるエリックの関係性が悪化したのだとしたら、どうお詫びをしたらいいのだろう。