そんな彼女とパリの街を散策していると、あっという間に千鶴の虜になった。そして千鶴もまた、伊織に心を寄せてくれていたように思う。
楽しそうにはしゃぐ笑顔や、『からかわないでください』と口を尖らせるやや幼い仕草、真剣な眼差しで見つめると真っ赤になってはにかむ表情は、無意識に伊織を受け入れてくれているからこそ見せてくれた彼女の素の一面だ。
千鶴は結婚に対して高い理想を持っており、その世間とはズレた恋愛観がネックでこれまで相手が見つからなかったと言っていたが、伊織にとってそれはまさに僥倖だった。
彼女の理想などネックでもなんでもない。むしろ彼女の初めての恋人になって結婚できるなんて、これほど嬉しいことはない。
むしろ伊織が頭を抱えたくなるのは、千鶴の驚くほどの鈍感さだ。
パリで彼女に出会ってすぐに好感を持った伊織は、慣れないながらも必死に口説いたつもりだった。
スリに遭いそうなところを助けたのはともかく、食事に誘ったのも、行きそびれたと知っているエッフェル塔に一緒に登ったもの、一日かけてパリの街を案内したのも、すべて千鶴と一緒にいたいと思ったからだ。
初対面の女性に好意を寄せるなど、これまで経験したことがない。



