策士な外交官は計画的執愛で契約妻をこの手に堕とす


『本当にごめんなさい。あなただってエッフェル塔へ登るのを楽しみにしていたでしょうに』
『大丈夫です。明日は自由時間がありますから、その時にまた来ます。それよりも、やっぱり海外旅行のツアーって予定がぎっしりなんですね。初めて参加したんですけど、私も疲れちゃいました』

さらに彼女は『気分は悪くなってないですか?』『飲み物、お水でよければありますよ』と気遣いながら、相手の罪悪感を少しでも減らそうと常に笑顔で接していた。

会話からして同じツアーに参加しているだけの他人のようで、純粋な親切心から介抱を申し出たと察せられる。

伊織は昔から、周囲に『優しくて穏やか』だと評されることが多い。けれどそれはそういう性格なのではなく、意図してそうあろうとしているためだ。

他人と衝突を避けつつ自分に優位な状況を作るには、人当たりのいい笑みを浮かべ、穏やかに振る舞っていたほうが都合がいい。

その考え方は、外交官として働き出した現在はさらに強固なものになった。穏やかな笑顔の裏で、いかに自分に有利な情報を引き出すか、いかに日本に利益をもたらす交渉ができるかを考えている。

けれど、目の前にいる彼女は違う。