「先生のことです」

橘にそう言われた瞬間、心臓が跳ねた。

「は??」

反射的に睨んでしまったけど、橘は相変わらずのんびりした顔で「冗談ですよ」なんて言う。

「……」

この人、本気なのか冗談なのか、いつもわからない。

でも、もし本気だったら……?

いやいや、何考えてるの私。

「……っ」

原稿に集中しようとペンを握るけど、さっきの橘の言葉がずっと頭に残ってる。

「先生のことです」

たったそれだけなのに、どうしてこんなに意識してしまうんだろう。

「……」

……最近、なんかおかしい。

橘といると、やけにドキドキするし、妙に気を遣ってしまう。

最初はただの担当編集だと思ってたのに。

「……はぁ」

無意識にため息が漏れた。

「先生、またため息ついてる」

「え?」

顔を上げると、橘がじっとこっちを見ていた。

「最近多いですよね、ため息」

「そ、そう?」

「なんか悩み事ですか?」

「べ、別に……」

「僕でよければ聞きますよ」

「……っ」

……なんなの、この人。

こんなふうに優しくされると、余計に意識してしまう。

「大丈夫、なんでもない」

「そうですか」

橘はあっさりそう言って、また仕事に戻る。

……それが、逆に悔しい。

(なんで私だけ、こんなに意識してるの……?)

いつの間にか、橘の存在が大きくなっている気がする。

でも、それを認めるのが怖かった。