「——あと、3ページ……」

深夜の静まり返ったアトリエ。
ペン先が紙を走る音だけが、時計の針と重なって響いていた。

(ついに私の漫画が完成を迎える)

橘は机の隅に寄りかかりながら、ふたり分の夜を支えるために開いていた缶コーヒーを、もう一本だけ開けた。

「先生、お疲れです。無糖ですよ」

「あー……ありがと、気が利くね」

受け取った缶を、少しだけ見つめてから開ける。

「橘ってさ、ほんと……なんでもわかってるよね、私のこと」

「そりゃ、何年付き合ってると思ってるんですか」

「付き合ってるって……その、“仕事として”ってことでしょ?」

「まあ、そこは……どうなんでしょうね」

にやっと笑って、橘は深くは言わない。
でも私は気づいてる。その「言い方」に含まれた、少しの含みを。

「……もう、そういうとこやめなさい」

そう呟きながら、私はまたペンを握り直す。

ラストシーンの枠を、最後の一線まで描ききって——
静かに、ペンを置いた。

「……終わった」