「……また、ダメだ……」

 机に向かいながら、椎名(しいな)は唸った。原稿の締め切りは明日。それなのに、どうしてもシーンが決まらない。

「エロいって、なんだっけ……?」

 自分が描いているのは成人向け漫画。いわゆるエロ漫画家だ。大学時代のバイト感覚で描いていたのが思いのほか人気が出て、そのまま専業になった。だけど――

「なんか最近、リアルな熱が足りない気がするんだよなぁ……」

 そう呟いて、椎名はペンを置いた。取材が足りないのかもしれない。想像だけじゃなく、もっとリアルな情報がほしい。

「……仕方ない」

 スマホを手に取り、メモアプリを開く。

《エロ漫画のリアリティを増すための取材リスト》
・キスの角度と感触(最近してない)
・男性の体温(触れる機会がない)
・シーツの絡まり方(資料不足)
・喘ぎ声のリアル(自分で言うのは恥ずかしい)

「……うん、アウトだな」

 真面目に考えていたつもりが、気づけばただの「恋愛経験不足リスト」になっていた。

「……ま、漫画家に恋愛経験は関係ないし!!」

 勢いよく立ち上がり、コンビニへ向かうことにした。夜の空気を吸えば、少しは冷静になれるかもしれない。