紫禁嬢─魅せられし夜





地主だった祖父の恩恵で、これ見よがしに横長な家に住む私の父親は、家の敷地に道場を構えて門下生に柔道を教えている。






「ただいま~」



「杏里、ちょっとこっちへ来い」



「‥‥‥」






その昔、全日本選手権を連覇した厳格な父。

名前はクソオヤジ。






「どういう事だ、ちゃんと説明しろ」



「聞いたよ~、ママから。

正式種目にならなかったんでしょ、女子柔道」



「‥‥‥」






私は小さい頃、クソオヤジとある約束を交わしていた。





「モスクワまでに女子柔道が正式種目にならなかったら、辞めていいって約束だよね、柔道」



「たしかに今回は見送られた。

だが次のオリンピックからは必ず‥‥」



「その時あたし、22だよ」



「‥‥‥」






自分のエゴを押し付ける事しか知らない男。

私はそんな父親の元、物心が付く前から道着を着せられ、毎日毎日、朝から晩まで男の中で稽古をやらされ続けてきた。






「学生の肩書きは必要なくなった訳だし、これからは約束通り好きにさせてもらうよ」



「待ちなさいっ、杏里!」



「‥ああ、言い忘れた」



「‥‥?」






私の17年をムダにしてくれた責任を取れとまでは言わない。

けどせめて軽い皮肉くらいは言っておかなければ精神衛生上、私の身体に良くない気がする。







「男に生まれなくてゴメンね」



「‥‥‥」



「残念でした~」