貝崎さんに挨拶をしたのち、私たちは二人で教室を出る。


長い廊下、航くんは気にもせず私の横を歩いている。


私の歩く速度に合わせて、いつもの優しい顔つきのまま歩いている。


みんな予行練習で疲れ果てているため、私たちの存在に、誰も何も触れてはこない。



だけどきっと、今日の予行練習で航くんの存在を知った女子たちが見たら発狂ものどころではない。


何事もなく、下駄箱に到着することを願うばかりである。


こんなことを考えている私と比べ、何も言葉を発さない航くんに私は少し困ってしまう。


人通りの少ない空き教室の前で航くんは止まった。



「航くん…?」


「胡桃ちゃん、さっきなんかあった?」


「え?」


「俺たち、ちゃんと友達でしょ?」


否定されたわけでもないのに、何故か否定された気分になる。  


全然、航くんは間違ったことなんて言ってないのに。


一体なんだろうか。



「うん……そのつもり」



「なら、なんでさっき何か言いたそうだったのに」

「関係ないよ」
と言葉を遮るように、つい言い切ってしまう始末。


「目、逸らした後、なんか胡桃ちゃんの様子おかしかったから」



「ああ、あれは呼ばれて…そう、呼ばれたの」



だから変な感じのまま、あの場から離れたの…と、ここまで言えばいいのに、嘘をつけばつくほど罪悪感が増すのは嫌だから、言葉に出すのはやめておく。



「俺さ、入学式の時から胡桃ちゃんのことが気になって仕方がないんだ」



「へ!?」



またもや不意の航くんの言葉に腰が抜けそうになる。



「不器用だし、慌てん坊だし、引っ込み思案だし
なんか心配。そばにいたくなる」



「しん、ぱい…?」



航くん、その言葉はもう少し慎重に使用した方が航くんのためだと思うんだ。



ただでさえ、今私がときめいてしまいそうだから。



「俺下に妹がいるんだけど、なんか胡桃ちゃんも妹みたいに思えちゃうんだよねー。
まあ胡桃ちゃんは胡桃ちゃんで、とっても可愛い子だから比べちゃいけないって分かってるんだけど」



「あっ…ああ、そういう感じ」



馬鹿だ。