いちごアイスの溶けはじめ

 その後、四時間目の授業を聞き、しばらくして昼休みの時間を迎えた。
 天気も良いし、せっかくだから外でご飯を食べよう。そう考えた、私はお弁当を持って校舎を出る。

 初夏を感じさせる気温だが、風が吹いていて心地良いし、緑に覆われた草木が陽光に照らされて柔らかな眩しさを放っている。
 中庭のベンチに腰掛けて、お弁当箱の包みを広げていると、誰かに「よっ」と軽快な感じに声を掛けられた。
 視線をお弁当から上に移すと、そこには綺麗なオレンジブラウンのボブカットの女の子が立っていた。
 さっき教室で爆笑してた子だ。

「隣、座っても良い?」
「うん、どうぞ」
「ありがと!」

 私が承諾すると、彼女はお礼を言って私の隣に座った。

「あ、普通に話し掛けちゃったけど、あたしの名前分かる?」
「勿論、クラスメイトだもん。乃木坂(のぎざか)さんでしょ?」
「正解。てか、千夏(ちなつ)でいいよ。あたしも美菜子って呼んでいい?」
「いいよ。よろしくね、千夏ちゃん」
「うん。よろしく、美菜子!」

 艶やかなピンク色の唇がニカッと綻び、真っ白な歯が顔を見せる。人懐っこい人柄をそのまま映したような笑顔だ。

「ねえ、美菜子。さっきは凄かったね」
「さっき?」
「ほら、姉崎に『水嶋に絡まむな』って言われて『なんで?』って返してたじゃん。あれ、超スカッとした! おっとりしてるように見えて意外と言うねぇ」
「あぁ」

 そう言われて、四時間目の授業が始まる前に、姉崎さんに話し掛けられた時のことを思い出す。
 あの時、私達の会話を聞いて、千夏ちゃんが突然爆笑したから驚いたな。

「いやー、あの時の姉崎の顔ったら傑作だったわ! まさか言い返されるだなんて思ってもみなかったんだろうね」

 確かにあの時、姉崎さんは私に疑問を投げかけられて逆に驚いたような顔をしていた。
 千夏ちゃんが言うように、まるでそんなこと言われるだなんて微塵も想定していなかったみたいな反応だった。
 けれど、私からすれば姉崎さんの方がよっぽど不思議である。

「だって、姉崎さん不思議なこと言ってたんだもん。彼女じゃないのに『水嶋君に絡まないで』なんて。一体どういう意図で言ったのか聞きたかったんだけど、結局答えは分からず終いだったなぁ」
「え? じゃあ、あれ、純粋に分からないから聞いてただけだったの?」
「? そうだけど?」

 寧ろ、他にどんな理由があって聞いたんだと思われたんだろう。
 不思議に思いながらも肯定すると、千夏ちゃんはまた突然笑い出した。

「あはははっ! 何それ面白すぎ! 天然じゃん!」
「え、えぇ? どうしたの急に?」

 規定より短く折られたスカートから伸びる、細くも健康的な足をバタバタさせながら爆笑する千夏ちゃん。足元が無防備になっていて、こっちがハラハラしてしまう。
 いや、それよりも。私、何かおかしなこと言ったかな? 教室でも私の言葉に笑ってたみたいだし……それとも、千夏ちゃんの笑いのツボが独特なのかもしれない。
 千夏ちゃんはひとしきり笑うと、ふぅっと小さく息を吐いた。

「あー、笑った」
「わ、私、何か変なこと言った……?」
「いや、変じゃないよ。寧ろ正しい。ただ、それをあの姉崎に真っ直ぐぶつけるのが凄いなって。しかも純度百パーセントの疑問だし」
「よく分からないけど、姉崎さんって面と向かって質問も出来ないくらい怖い人なの?」
「まあ、そうかもね。あたし、アイツと中学一緒なんだけど、当時から女ボスみたいなポジションだったのよ。自己中だし、気に入らない子には嫌がらせするしで、やりたい放題だったわけ。そのくせ悪い意味で頭が回るから、表立ってはそういうことしないし、普段は『ちょっと天然っぽいけどいい子』みたいなキャラで通してるからタチ悪いわ」

 言われてみれば、入学したばかりの頃の姉崎さんは明るくて社交的な印象だった。
 クラスのグループLINEを作ってくれたり、昼休みは女子みんなに声をかけてお弁当食べようと誘ってくれたりと、怖いどころか寧ろ優しい子だなと思った。
 けれど、今日の彼女のあの雰囲気を見たら、千夏ちゃんの話にも信憑性が出てくる。よく第一印象が大事とは言うけれど、あまり当てにならないな。

「さっき美菜子に突っかかってたのも、アンタが水嶋と一緒にいるのを見て牽制しに来たんだよ。あいつ、入学式の時から水嶋のこと狙ってたっぽいし? 恋敵認定されたんだろうね」
「恋敵って、私はそんなつもりじゃ……。水嶋君とはただ普通に話してるだけよ」
「それでもあいつにとっては面白くないんだろうね。その普通に話すことすら、あいつは出来てないみたいだし? まあ、それは他の女子も同じだけど。でも、そう考えるとアンタ凄いよね。あの水嶋楓斗と会話できるんだもん」

 まるで外国の人と流暢に話せることを感心するかのような褒め方だ。

「もしかして水嶋、あんたのことがタイプなのかもね?」
「ん"ッ!!」

 飲んでいた水筒のお茶を吹き出しそうになるが、必死に耐えた。

「な、なんでそうなるの?」
「だって、そうじゃなきゃあの女嫌いで有名な水嶋と話すことなんて出来ないじゃん!」
「いやいや、それはないよ! ……多分、私が女の子として見られてないから話せるんだと思うよ」
「それ、自分で言ってて悲しくなってない?」

 うん、悲しくなった。
 自虐しておいて落ち込むなんて自分でも変だなと思う。これが言霊というやつかな?
 けれど、水嶋君が私のことを好きだから、という理由よりはまだ有力な説だろう。

「そういうあんたは水嶋のこと好きじゃないの?」
「違うよ! 友達だと思ってるだけ!」
「そうなんだ。結構お似合いだと思うんだけどなぁ」
「もうっ、何言ってるの!」

 私のことを好意的に見てくれるのは嬉しいけれど、私と水嶋君がお似合いは良く言い過ぎだ。
 だって、かたや学校一のイケメン、かたやどこにでもいる平凡な女子生徒なんだもの。
 それ以前に、私は水嶋君に恋愛感情なんてないし、水嶋君だって私のことは最近よく話す人くらいの認識だろう。
 だから、千夏ちゃんが想像しているようなことは何もない。

 ただ――。

『え、やだ、違うって! 莉亜、彼女なんかじゃないよ?』

 あの時の姉崎さんの言葉に、少し良かったと思う自分がいる。
 もし本当に姉崎さんが水嶋君の彼女だったとしたら、水嶋君とはきっと、これまでみたいに気軽にお話しすることも出来なくなると思うし、そうなったら寂しくなるから。

 この日、私はクラスで初めて友達が出来たのだった。