いちごアイスの溶けはじめ

 次の授業の準備をしていた時のことだ。

「ねえ、小岩井さんだっけ? ちょっといい?」

 そう呼ばれて顔を上げると、そこには同じクラスの姉崎(あねさき)莉亜(りあ)さんが立っていた。
 両隣には彼女の友達もいる。

「あ、うん。いいよ」

 姉崎さんと話したことはほとんどない。
 姉崎さんやその友達は皆、髪型やメイクもバッチリ決めていて、制服を着崩した華やかな外見の子ばかりだ。
 休み時間は教室や廊下など、所構わずSNS用の自撮りやショート動画の撮影などをしており、賑やかで流行に明るい印象を持つ。
 その中でも姉崎さんは特に華があり、発言権も強いリーダータイプに見受けられる。

 一方、私は肩まである髪をストレートに下ろしているだけだし、顔に塗っているものも日焼け止めとリップのみ。
 眼鏡を掛けている上に、制服も規定通りに着用しているからよく「真面目そう」と言われるし、SNSや流行には疎い。
 どちらかというと地味で目立たない方だ。

 そういったコミュニティの違いからか、これまで彼女達と関わることはなかった。
 だから、姉崎さんがどんな用事で話し掛けてきたのか皆目見当が付かない。
 一体どうしたんだろう?

「小岩井さんってさ、楓斗君と仲良いの?」
「え? そうだね。最近よくおしゃべりするようになったよ」

 何を言われるのかと思えば、姉崎さんは私と水嶋君の仲のことを聞きたかったみたいだ。
 私はその問いに肯定する。だって、仲が悪かったらあんなに楽しく話すことなんてできないと思うから。

「へぇ……」

 私の返答に姉崎さんは冷たいというか、つまらなさそうな反応を見せた。
 同時に彼女の両隣にいる友達も眉を顰めている。
 あれ? 私、何か変なこと言ったかな?
 微妙な空気の流れに居心地の悪さを感じていると、姉崎さんの右隣に立つ倉科(くらしな)亜美(あみ)さんが何故か呆れたように……というよりも、小馬鹿にしたように笑いながら次にこんなことを言った。

「あのさ、なんか伝わってないみたいだからはっきり言うけど、水嶋君に絡むのやめてほしいんだよね」
「え?」

 どういう意味だろう? 水嶋君に絡むなって、なんで急にそんなことを言うの?
 倉科さんの言葉が理解出来ずに戸惑っていると、今度は姉崎さんの左隣にいる本郷(ほんごう)美里(みさと)さんが「だーかーらー!」と苛立った様子で声を上げた。その威圧に私の肩はビクッと跳ねる。

「水嶋君は莉亜のだから、話したり関わったりしないでってこと! 言ってる意味分かる?」
「……あっ!」

 そう言われて、数秒考えた結果、私はようやく倉科さんの言葉の意味を理解した。
 そして、私は姉崎さんに頭を下げた。

「ご、ごめんなさいっ! 私、姉崎さんが水嶋君の彼女だったなんて知らなくて……」

 どうやら水嶋君は姉崎さんと付き合っているようだ。
 水嶋君の口から彼女がいるなんて話は聞いたことがなかったから、全然知らなかった。

 それに、正直これまでも二人が付き合っているような雰囲気は感じ取れなかった。
 そう思うのは、水嶋君の姉崎さんに対する態度があまりにも素っ気なくて、とてもじゃないが彼女に対するものではないからだ。
 ただ、姉崎さんがいつも一方的に絡みに行っているだけに見えていた。

 とはいえ、それはあくまで私の主観に過ぎないし、この広い世の中、色々な形のカップルがいても不思議ではない。
 それに、そういうことなら話が見えてくる。
 確かに彼女の立場からしたら、彼氏が他の女の子と仲良くしているのは複雑だもんね。
 だから、こうしてその女の子である私に注意をしに来たってわけだ。

 それなら、私は姉崎さんに謝らなければならない。

「その、グループワークの時もあるし、全く話さないっていうのは難しいかもだけど。これからはちゃんと、距離感考えて水嶋君と接するから――」
「え、やだ、違うって! 莉亜、彼女なんかじゃないよ?」
「へ?」

 私の言葉を遮って、姉崎さんは驚きの言葉を発した。
 彼女じゃない? え、どういうこと?

「ねー、ちょっと、やだぁ! なんか莉亜、彼女だと勘違いされてるんだけど! 莉亜なんかが楓斗君の彼女なんて釣り合い取れてないよね?」

 姉崎さんはそれまでよりも少し大きめな声でそんなことを言った。まるで、教室にいるみんなにも聞かせるように。
 加えて、困っているような口ぶりとは裏腹に、声と表情は何故か嬉しそうに見える。

「そんなことないって。二人とも美男美女だし」
「そうだよ。寧ろ、莉亜ほど水嶋君とお似合いの子もいないよ。実際、彼女だと間違われてるし」
「もうっ、二人ともやめてよぉ」

 倉科さんと本郷さんが、姉崎さんを持ち上げるようなことを言う。
 姉崎さんは彼女達の言葉を口では嫌がりつつも、その顔は満更でもなさそうで、紅く染まった頬に手を当てて体を左右に揺らしている。
 私に話し掛けていたはずなのに、すっかり友達だけで恋バナを楽しむ雰囲気になっていて置き去り状態になってしまった。

 私が姉崎さんを彼女だと思ったのは、本郷さんが「水嶋君は莉亜の」と言っていたからなんだけど、どうやら違っていたみたい。

 あれ? でも、そうなると……おかしくない?

「彼女じゃないのに、水嶋君に絡まないでなんて言ったの? ……なんで?」
「は?」

 私の質問に、姉崎さん達は鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をした。
 盛り上がっているところに水を差すようで少し気が引けるけれど、どうしても疑問をぶつけざるを得ない。

「だって、彼女じゃないなら『絡まないで』なんて言う権利ないよね? それなのに、なんでそんなこと言ったの?」

 答えを待つも、姉崎さん達は信じられないものを見るかのような目で私を見ているだけで、何も返してくれないまま数秒間の沈黙が続いた。
 気付けば周りの人達も、静かに私達のやりとりを見ていて、なんだか居心地が悪い。

「……ぷっ」

 そんな中、沈黙を破ってくれたのは誰かが噴き出すような音だった。

「あはははっ! 確かに! 彼女じゃないなら『絡むな』なんて言われる筋合いないよねぇ? 正論すぎる! マジそれな! あはははっ!」

 気持ち良いくらいの爆笑が静まり返った教室に響く。
 
「は? なに笑ってんの?」

 姉崎さんが目をきつく釣り上げて、爆笑する彼女に言った。
 倉科さんと本郷さんも、凄く怖い顔をして彼女を見ている。

 けれど、彼女はそんなことお構いなしに笑いながら理由を話した。

「だって、その子があまりにもストレートに言うもんだからおかしくて! でも、言われてみれば確かにその通りじゃん?」
「はぁ? 何がその通りなわけ? 意味分かんないんだけど!」

 不愉快極まりないといった表情で怒鳴る姉崎さん。
 けれど、それを揶揄するように周りからヒソヒソと話し声が聞こえてくる。

「いや、意味分からないのはそっちでしょ」
「彼女面して牽制とか痛すぎ」

 姉崎さんの鋭い眼差しがクラスメイトに向けられる。
 それに加勢するように、倉科さんと本郷さんが彼らに噛みついた。

「ねえ、ちょっと! なにヒソヒソしてんの!?」
「つか、今言ったの誰だよ!」

 ど、どうしよう……。
 なんだか大変なことになっちゃった!
 あわあわしていると、救済のようにチャイムが鳴り、四時間目の授業を担当する先生が入室してきた。

「授業を始めるぞ。……ん? おい、そこ。いつまで突っ立っているつもりだ? 早く自分の席に着きなさい」
「……ッ!」

 先生に注意されて、姉崎さん達は非常に不服そうな顔をしながらも、ようやくその場を離れてくれた。少しホッとする。