それから数日が経ったまたある日の昼休み。
この日、私は部室である被服室で編み物をしていた。
ちなみに今作っているのはブックカバー。
少し前に同じ部の先輩が持っているブックカバーが可愛くてそのことを本人に伝えたら、それが先輩の手作りだと知って驚いた。
手作りでこんなに素敵なブックカバーが出来るんだと感心し、自分でも作ってみたくなってこうして昼休みを利用して制作しているというわけだ。
部活中はまた別に作業があるから、こっちはただの趣味である。
編み方はまだ全然上手くないけれど、図書室で借りた本を参考に頑張って練習している。実践こそ上達への近道だ。
せっせと編んでいくと、途中で毛糸がもうすぐ無くなりそうなことに気付く。
私は席を立ち、窓側の棚に置いてある収納ボックスを開け、先程まで使っていた毛糸と同じ色のものを見つけて取り出した。
それを持って席に戻ろうとするが、その際に向かいの校舎の様子が目に入り、思わず立ち止まる。
被服室は私のクラスの教室がある校舎とは反対側の校舎にあり、ここからだとちょうど教室の前の渡り廊下の様子が見える。
今その渡り廊下には五〜六人くらいの集団がいるのだが、よく見るとその中心には水嶋君がいて、彼の周りを大勢の女子が囲んでいるといった状況であった。
向かいの校舎の窓越しからだけど、女子達の黄色い声が聞こえてきそうだ。
水嶋君はその集団から抜け出し、足早に去っていった。それを女子達が追いかける。大変だなぁ。
というか私、最近教室以外でもよく水嶋君を見かける気がする。
まあ、水嶋君は目立つから自然と目に入りやすいだけなのかも。
浮かび上がった小さな疑問をそう考えて納得させた後、席に戻った。
それから二十分くらい経った頃。
「はあ……ちょっと休憩しよう」
私は作業の手を一旦止めて、部室の隣にある教室へ向かった。
被服室には一般的な出入り口用のものとは別にもう一つ扉が付いているのだが、そのもう一つの方は隣の教室と直接繋がるために設置されている。
隣の教室は他の教室みたいに名称がついているわけではなく、ぱっと見は空き教室のような雰囲気があるが、実は私達手芸部が作品や資料などを置くために使用している。言わば、手芸部の倉庫的な教室だ。
私はそこに飾られている作品を眺めるのが好きで、休憩がてらそれを見ようと席を立った。
ドアを開けて、その倉庫に足を踏み入れる。
「え」
瞬間、飛び込んできた光景に思わず声が出た。
たなびくカーテンの向こうで、男子生徒が窓の縁に手を置きながら外を眺めていた。
綺麗な黒髪が風に吹かれてさらりと揺れ、瞳は静かに真っ直ぐな様子で外の世界を取り込んでいる。
「水嶋君?」
語尾に疑問符を付けてその人の名を呼ぶと、彼の肩が微かに跳ね上がり、外に向けられていた顔がバッと勢い良くこちらに方向を変えた。
「小岩井? なんでここに……?」
キリッとした切れ長の瞳が丸くなって私を捉える。
慌てるというほどではないが、驚いているのは十分伝わってくる。
「えっと、ここ、一応手芸部が使ってる教室だから。作品とか資料を保管してて」
「……そうだったのか」
理由を聞いた水嶋君は教室の中を見渡した後、納得したように呟いた。
まあ、手芸部以外の人からすれば「なんか服を着たマネキンが置いてあるなぁ」と思うだけの空き教室にしか見えないのだろう。
鍵も開いていたし、入っても良いと思われても仕方がないか。
けれど、だとしてもどうしてわざわざこんな教室にいたのだろう?
今度は私が質問する番だ。
「水嶋君こそ、どうしてこんなところにいるの?」
そもそも被服室があるこの校舎の階自体、家庭科の授業以外で人が来ることなんて滅多にないというのに。
私の問いに、水嶋君は一瞬視線を落とした後、少し言いづらそうに間を置いてから観念したようにこう答えた。
「さっきまで少し人に囲まれていて。うるさかったから抜け出したんだが、その後もしつこく付いてきたから巻くために人気のない場所を探してたんだ。そしたら、ここに辿り着いた」
「人に……あぁ」
そういえば、さっき部室の窓から水嶋君が女子に囲まれているところを見たな。
――あっ、もしかして。
この時、私は以前、図書室で水嶋君が言っていたことを思い出した。
『……ここの方が落ち着いて読めるからな』
もしかして、あれは単に落ち着いた場所で本を読みたかったというよりは、誰にも構われたくなかったからじゃないのかな。
思えば水嶋君は、教室でも女子に囲まれたり遠くから騒がれたりで、放って置かれる瞬間なんて見たことがない。
けれど、それは同時に心休まる瞬間がないという意味でもある。
常に誰かと一緒にいたい人や目立つことが好きな人なら苦ではないのかもしれないけれど、水嶋君はどちらのタイプにも当て嵌まらない。
しかも拒んでも迫られるから、こうして逃げるように空き教室を探していたのではないだろうか。
「使われてる教室だとは知らなかった」
水嶋君は窓の縁から手を放し、背を向ける。
「勝手に入って悪かった。すぐ出て行く」
「あ……」
そして、彼はその言葉通り本当に出て行こうと歩き出した。
この教室が使用されているものだと知った時、水嶋君は特に残念がる様子を見せなかった。表情や声音もいつも通りにクールだった。
けれど、その後ろ姿は何故だか少しだけ憂鬱そうに見えた。
ここが駄目だとなれば、彼は次にどこに向かうのだろう?
一人になれる場所だなんて、学校内だと限られるだろうし。それとも、諦めて教室に戻るのだろうか?
「ま……待って!」
気付けば私は水嶋君を呼び止めていた。
足を止めた彼が振り返り、不思議そうに見つめてくる。
こんなこと私が心配することじゃないのかもしれない。
けれど、水嶋君が残り短い昼休みの時間を、一人になれる場所を求めて彷徨うだけで終えるのは可哀想だと思った。
だったら、少しくらい心置きなく過ごせれば良いな、と。
そう思った私はこう提案した。
「その……ここにいていいよ」
私の言葉に水嶋君は「え?」と目を丸くして、小首を傾げた。
そんな彼の反応を見て、自分が口にした言葉が急に恥ずかしく感じた。
いや、言いたいことはそれで間違いないのだけど、言い方が変というか言葉が足りないかも。
これじゃあ、まるで私が水嶋君にいて欲しいから言ってるみたいにも聞こえてしまうのではないだろうか。
衝動的に呼び止めたが故の言葉足らずを補足するように、私は話を続けた。
「ほ、ほらっ! この階は人の出入りが少ないし、流石にここまで追いかけてくる人なんていないだろうから、一人で過ごすにはちょうどいいんじゃないかな? って思って」
テンパった気持ちを誤魔化すためか、若干早口になってしまったことに途中で気付き、一旦言葉を区切る。
チラリと水嶋君を見ると、ほんの少しの戸惑いは見せつつも静かに耳を傾けてくれていた。
不審がったり拒絶する素振りがないことに安心した私は、少しだけ落ち着きを取り戻す。
「私はその間、隣の被服室で作業してるし。それに例え人が通りかかっても……」
続きの言葉を探すように、周囲に視線を彷徨わせる。
視線の終着先は扉の脇にあるマネキン。
この教室の中で最も目立つそれは、卒業生が制作したドレスに身を包んでいる。
私はそのマネキンの元へ近寄り、後ろからそっと抱きかかえる。
「ここなら物が多いから、隠れるのにも向いてるでしょ?」
そして、冗談めかして言いながら、ドレスの裾を摘んでカーテシーをするように広げて見せた。
繊細なレースに織り込まれたラメが光を反射してキラキラと輝く。
それらが水嶋君の見開かれた瞳に映って、星空のように見えた。
水嶋君はその瞳で少しの間刮目した後、頷く代わりにそっと瞼を閉じて答えた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
張り詰めた空気がふっと緩んだ気がした。
私達の会話はそこで終わり、私は被服室に繋がる扉に手を掛けた。
出ていく間際、チラリと水嶋君に目を向ける。
彼は最初に見た時と同じように、外を眺めていた。
ここは図書室のように暇を潰せる本もないし、あまり広くない上に物が多い。
――けれど、ここでなら、少しは肩の力を抜くことが出来るんじゃないかな。
なんてことを考えながら、私は視線を前に戻して被服室へと戻った。
この日、私は部室である被服室で編み物をしていた。
ちなみに今作っているのはブックカバー。
少し前に同じ部の先輩が持っているブックカバーが可愛くてそのことを本人に伝えたら、それが先輩の手作りだと知って驚いた。
手作りでこんなに素敵なブックカバーが出来るんだと感心し、自分でも作ってみたくなってこうして昼休みを利用して制作しているというわけだ。
部活中はまた別に作業があるから、こっちはただの趣味である。
編み方はまだ全然上手くないけれど、図書室で借りた本を参考に頑張って練習している。実践こそ上達への近道だ。
せっせと編んでいくと、途中で毛糸がもうすぐ無くなりそうなことに気付く。
私は席を立ち、窓側の棚に置いてある収納ボックスを開け、先程まで使っていた毛糸と同じ色のものを見つけて取り出した。
それを持って席に戻ろうとするが、その際に向かいの校舎の様子が目に入り、思わず立ち止まる。
被服室は私のクラスの教室がある校舎とは反対側の校舎にあり、ここからだとちょうど教室の前の渡り廊下の様子が見える。
今その渡り廊下には五〜六人くらいの集団がいるのだが、よく見るとその中心には水嶋君がいて、彼の周りを大勢の女子が囲んでいるといった状況であった。
向かいの校舎の窓越しからだけど、女子達の黄色い声が聞こえてきそうだ。
水嶋君はその集団から抜け出し、足早に去っていった。それを女子達が追いかける。大変だなぁ。
というか私、最近教室以外でもよく水嶋君を見かける気がする。
まあ、水嶋君は目立つから自然と目に入りやすいだけなのかも。
浮かび上がった小さな疑問をそう考えて納得させた後、席に戻った。
それから二十分くらい経った頃。
「はあ……ちょっと休憩しよう」
私は作業の手を一旦止めて、部室の隣にある教室へ向かった。
被服室には一般的な出入り口用のものとは別にもう一つ扉が付いているのだが、そのもう一つの方は隣の教室と直接繋がるために設置されている。
隣の教室は他の教室みたいに名称がついているわけではなく、ぱっと見は空き教室のような雰囲気があるが、実は私達手芸部が作品や資料などを置くために使用している。言わば、手芸部の倉庫的な教室だ。
私はそこに飾られている作品を眺めるのが好きで、休憩がてらそれを見ようと席を立った。
ドアを開けて、その倉庫に足を踏み入れる。
「え」
瞬間、飛び込んできた光景に思わず声が出た。
たなびくカーテンの向こうで、男子生徒が窓の縁に手を置きながら外を眺めていた。
綺麗な黒髪が風に吹かれてさらりと揺れ、瞳は静かに真っ直ぐな様子で外の世界を取り込んでいる。
「水嶋君?」
語尾に疑問符を付けてその人の名を呼ぶと、彼の肩が微かに跳ね上がり、外に向けられていた顔がバッと勢い良くこちらに方向を変えた。
「小岩井? なんでここに……?」
キリッとした切れ長の瞳が丸くなって私を捉える。
慌てるというほどではないが、驚いているのは十分伝わってくる。
「えっと、ここ、一応手芸部が使ってる教室だから。作品とか資料を保管してて」
「……そうだったのか」
理由を聞いた水嶋君は教室の中を見渡した後、納得したように呟いた。
まあ、手芸部以外の人からすれば「なんか服を着たマネキンが置いてあるなぁ」と思うだけの空き教室にしか見えないのだろう。
鍵も開いていたし、入っても良いと思われても仕方がないか。
けれど、だとしてもどうしてわざわざこんな教室にいたのだろう?
今度は私が質問する番だ。
「水嶋君こそ、どうしてこんなところにいるの?」
そもそも被服室があるこの校舎の階自体、家庭科の授業以外で人が来ることなんて滅多にないというのに。
私の問いに、水嶋君は一瞬視線を落とした後、少し言いづらそうに間を置いてから観念したようにこう答えた。
「さっきまで少し人に囲まれていて。うるさかったから抜け出したんだが、その後もしつこく付いてきたから巻くために人気のない場所を探してたんだ。そしたら、ここに辿り着いた」
「人に……あぁ」
そういえば、さっき部室の窓から水嶋君が女子に囲まれているところを見たな。
――あっ、もしかして。
この時、私は以前、図書室で水嶋君が言っていたことを思い出した。
『……ここの方が落ち着いて読めるからな』
もしかして、あれは単に落ち着いた場所で本を読みたかったというよりは、誰にも構われたくなかったからじゃないのかな。
思えば水嶋君は、教室でも女子に囲まれたり遠くから騒がれたりで、放って置かれる瞬間なんて見たことがない。
けれど、それは同時に心休まる瞬間がないという意味でもある。
常に誰かと一緒にいたい人や目立つことが好きな人なら苦ではないのかもしれないけれど、水嶋君はどちらのタイプにも当て嵌まらない。
しかも拒んでも迫られるから、こうして逃げるように空き教室を探していたのではないだろうか。
「使われてる教室だとは知らなかった」
水嶋君は窓の縁から手を放し、背を向ける。
「勝手に入って悪かった。すぐ出て行く」
「あ……」
そして、彼はその言葉通り本当に出て行こうと歩き出した。
この教室が使用されているものだと知った時、水嶋君は特に残念がる様子を見せなかった。表情や声音もいつも通りにクールだった。
けれど、その後ろ姿は何故だか少しだけ憂鬱そうに見えた。
ここが駄目だとなれば、彼は次にどこに向かうのだろう?
一人になれる場所だなんて、学校内だと限られるだろうし。それとも、諦めて教室に戻るのだろうか?
「ま……待って!」
気付けば私は水嶋君を呼び止めていた。
足を止めた彼が振り返り、不思議そうに見つめてくる。
こんなこと私が心配することじゃないのかもしれない。
けれど、水嶋君が残り短い昼休みの時間を、一人になれる場所を求めて彷徨うだけで終えるのは可哀想だと思った。
だったら、少しくらい心置きなく過ごせれば良いな、と。
そう思った私はこう提案した。
「その……ここにいていいよ」
私の言葉に水嶋君は「え?」と目を丸くして、小首を傾げた。
そんな彼の反応を見て、自分が口にした言葉が急に恥ずかしく感じた。
いや、言いたいことはそれで間違いないのだけど、言い方が変というか言葉が足りないかも。
これじゃあ、まるで私が水嶋君にいて欲しいから言ってるみたいにも聞こえてしまうのではないだろうか。
衝動的に呼び止めたが故の言葉足らずを補足するように、私は話を続けた。
「ほ、ほらっ! この階は人の出入りが少ないし、流石にここまで追いかけてくる人なんていないだろうから、一人で過ごすにはちょうどいいんじゃないかな? って思って」
テンパった気持ちを誤魔化すためか、若干早口になってしまったことに途中で気付き、一旦言葉を区切る。
チラリと水嶋君を見ると、ほんの少しの戸惑いは見せつつも静かに耳を傾けてくれていた。
不審がったり拒絶する素振りがないことに安心した私は、少しだけ落ち着きを取り戻す。
「私はその間、隣の被服室で作業してるし。それに例え人が通りかかっても……」
続きの言葉を探すように、周囲に視線を彷徨わせる。
視線の終着先は扉の脇にあるマネキン。
この教室の中で最も目立つそれは、卒業生が制作したドレスに身を包んでいる。
私はそのマネキンの元へ近寄り、後ろからそっと抱きかかえる。
「ここなら物が多いから、隠れるのにも向いてるでしょ?」
そして、冗談めかして言いながら、ドレスの裾を摘んでカーテシーをするように広げて見せた。
繊細なレースに織り込まれたラメが光を反射してキラキラと輝く。
それらが水嶋君の見開かれた瞳に映って、星空のように見えた。
水嶋君はその瞳で少しの間刮目した後、頷く代わりにそっと瞼を閉じて答えた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
張り詰めた空気がふっと緩んだ気がした。
私達の会話はそこで終わり、私は被服室に繋がる扉に手を掛けた。
出ていく間際、チラリと水嶋君に目を向ける。
彼は最初に見た時と同じように、外を眺めていた。
ここは図書室のように暇を潰せる本もないし、あまり広くない上に物が多い。
――けれど、ここでなら、少しは肩の力を抜くことが出来るんじゃないかな。
なんてことを考えながら、私は視線を前に戻して被服室へと戻った。
