翌日、私は昼休みを利用して図書室へと向かった。
目的は編み物の解説本。
部室にも手芸に関する本は何冊か置いてあるけれど、あれは部員共有のものであり、数日借りて一人でじっくり読むとなると図書室で貸し出してる本の方が都合が良い。
校舎の一番端まで歩くと、図書室に着く。
なるべく音を立てないように気を付けて扉を開けると、古びた本の匂いに包まれた静かな空間が出迎えてくれる。
入学してからここを訪れたのは、以前総合の授業で図書室の利用方法を知るために来て以来だ。
入って手前にテーブルと椅子が設置されていて、奥に本棚が並んでいる。
奥の本棚の方へ向かうと、ふと視界の端に見覚えのある人物が映った。
視線をそちらに向けてみると、水嶋君が読書している姿があった。
図書室は他の教室に比べても雰囲気が少し独特で、同じ校舎内でありながらも違う世界観を持っている。
そんな空間の中でも、水嶋君が座っているその場所はまるでそこだけ切り取られたみたいに特別な空気を纏っていた。
ただ椅子に座ってページを捲っているだけなのに、それが妙に様になっている。
窓から差し込む陽の光に照らされているせいもあってか、印象画のような明るくも繊細な姿を作り出していた。
近くに座っている文学少女が、文学そっちのけで見惚れている。本当にどこにいても目立つ人だな。
昨日会話したことが、まるで夢だったみたいに思えてしまうくらい世界が違う。
けれど、あれは確かに現実だった。
それを証明するように、ふと顔を上げた水嶋君と目が合うと「昨日はどうも」といった感じで会釈される。
だけど、それだけ。彼はまたすぐ本に視線を戻した。まあ、そんなものだろう。
正直昨日の一件で、彼に対しては噂と遠目で見た印象よりは話しやすかったことと、同じアイスを選んでいたことからちょっとした親近感を抱いているが、読書の邪魔をしてまで話し掛けに行こうとは思っていない。
そもそもお近づきになりたいだなんて考えていないしね。
私は気を取り直して、本を探し始めた。
本棚の側面にはジャンル名が書かれた紙が貼ってある。
編み物の本はジャンルで言えば「物作り」に入るのかな? 室内にずらりと並ぶ棚の側面を一つずつ見ながら、お目当てのものを探す。
「あ……」
その途中、気になる背表紙が目に入った。
私は足を止めて、その本に手を伸ばす。
取り出したいが、ギチギチに本が詰まってるせいでなかなか取り出すことが出来ない。多分、一冊分無理やり入れてしまっているせいだろう。
これ下手したら爪が欠けそう……なんてことを考えながらも、取り出すために奮闘するがその努力も虚しく。
そしたら、ふと横から手が伸びてきた。
手入れはされているものの大きくて筋張ったそれは、私が取り出そうとしていた本を掴むと、少し力を入れただけですんなりと取り出してみせた。
「これで良かったか?」
取り出した本を見せながら、落ち着いた低音がそう聞いてきた。
見上げると、その人は水嶋君だった。
「あ、うん。ありがとう」
私は肯定の返事をした後、お礼を言ってそれを受け取る。
そして、少し移動してその本を別の棚に入れた。
戻ると水嶋君が眉を顰めながら、怪訝そうに訊ねてきた。
「読みたかったんじゃないのか?」
私は「あぁ」と呟いてからあの行動の意味を答える。
「ジャンルの違う本が混ざっていたから、元の場所に戻したかっただけなの」
「そのためにあんなに必死に取り出そうとしてたのか?」
「えっと、うん」
水嶋君の言葉に、ギチギチの本棚と格闘していた先程の自分が思い出され、ちょっと恥ずかしくなった。
確かにあの時の私は必死に見えただろうな。ふと、小学生の時に国語の授業で読んだ「おおきなかぶ」という作品を思い出す。
けれど、明らかに毛色の違う本が紛れ込んでいたのが見えて、どうして気になってしまったのだ。
中学の時、図書室を利用していたある日。読みたかった本が中々見つからないなと思えば、全く違うジャンルの棚に入っていたということがあった。
私のあの行動は、そんな当時のことを思い出してのものだった。
「そうか……」
疑問が解消されたおかげか、水嶋君の眉間から皺が消え、いつもの無表情に戻る。
その時、私は水嶋君が小脇に抱えているものに気付く。
「それ、北野先生の新刊だよね? もう図書室でも貸し出されてるんだ」
見ればそれは、とある著名な作家さんの人気ミステリーシリーズの最新刊だった。
数日前にテレビのCMで流れてきていたからすぐに分かった。
流行を取り入れるのが早い学校だなぁ、なんて思っていたら水嶋君が首を小さく横に振る。
「いや、これは私物だ」
「私物?」
どうやら図書室で貸し出されているものではなく、水嶋君個人の持ち物だったようだ。
なんで私物の本をわざわざ図書室で読んでいるんだろう? なんて疑問が頭に浮かぶ。
それが無意識のうちに顔に出ていたのだろうか、水嶋君はその理由を説明するように言った。
「……ここの方が落ち着いて読めるからな」
「あぁ」
確かに図書室は静かだし、実際本を読むために存在しているような場所だ。
それに「私物の本を図書室で読んではいけない」なんて決まりはないし、最初はちょっと引っかかったけれど、よく考えたら別にそんな変な話でもないか。
そう考えた私は、それ以上の疑問を持つことはなかった。
話し終えた水嶋君はまた席に戻って、読書を再開させた。
私はその姿を見届けた後、再び編み物の本を探し始めた。
目的は編み物の解説本。
部室にも手芸に関する本は何冊か置いてあるけれど、あれは部員共有のものであり、数日借りて一人でじっくり読むとなると図書室で貸し出してる本の方が都合が良い。
校舎の一番端まで歩くと、図書室に着く。
なるべく音を立てないように気を付けて扉を開けると、古びた本の匂いに包まれた静かな空間が出迎えてくれる。
入学してからここを訪れたのは、以前総合の授業で図書室の利用方法を知るために来て以来だ。
入って手前にテーブルと椅子が設置されていて、奥に本棚が並んでいる。
奥の本棚の方へ向かうと、ふと視界の端に見覚えのある人物が映った。
視線をそちらに向けてみると、水嶋君が読書している姿があった。
図書室は他の教室に比べても雰囲気が少し独特で、同じ校舎内でありながらも違う世界観を持っている。
そんな空間の中でも、水嶋君が座っているその場所はまるでそこだけ切り取られたみたいに特別な空気を纏っていた。
ただ椅子に座ってページを捲っているだけなのに、それが妙に様になっている。
窓から差し込む陽の光に照らされているせいもあってか、印象画のような明るくも繊細な姿を作り出していた。
近くに座っている文学少女が、文学そっちのけで見惚れている。本当にどこにいても目立つ人だな。
昨日会話したことが、まるで夢だったみたいに思えてしまうくらい世界が違う。
けれど、あれは確かに現実だった。
それを証明するように、ふと顔を上げた水嶋君と目が合うと「昨日はどうも」といった感じで会釈される。
だけど、それだけ。彼はまたすぐ本に視線を戻した。まあ、そんなものだろう。
正直昨日の一件で、彼に対しては噂と遠目で見た印象よりは話しやすかったことと、同じアイスを選んでいたことからちょっとした親近感を抱いているが、読書の邪魔をしてまで話し掛けに行こうとは思っていない。
そもそもお近づきになりたいだなんて考えていないしね。
私は気を取り直して、本を探し始めた。
本棚の側面にはジャンル名が書かれた紙が貼ってある。
編み物の本はジャンルで言えば「物作り」に入るのかな? 室内にずらりと並ぶ棚の側面を一つずつ見ながら、お目当てのものを探す。
「あ……」
その途中、気になる背表紙が目に入った。
私は足を止めて、その本に手を伸ばす。
取り出したいが、ギチギチに本が詰まってるせいでなかなか取り出すことが出来ない。多分、一冊分無理やり入れてしまっているせいだろう。
これ下手したら爪が欠けそう……なんてことを考えながらも、取り出すために奮闘するがその努力も虚しく。
そしたら、ふと横から手が伸びてきた。
手入れはされているものの大きくて筋張ったそれは、私が取り出そうとしていた本を掴むと、少し力を入れただけですんなりと取り出してみせた。
「これで良かったか?」
取り出した本を見せながら、落ち着いた低音がそう聞いてきた。
見上げると、その人は水嶋君だった。
「あ、うん。ありがとう」
私は肯定の返事をした後、お礼を言ってそれを受け取る。
そして、少し移動してその本を別の棚に入れた。
戻ると水嶋君が眉を顰めながら、怪訝そうに訊ねてきた。
「読みたかったんじゃないのか?」
私は「あぁ」と呟いてからあの行動の意味を答える。
「ジャンルの違う本が混ざっていたから、元の場所に戻したかっただけなの」
「そのためにあんなに必死に取り出そうとしてたのか?」
「えっと、うん」
水嶋君の言葉に、ギチギチの本棚と格闘していた先程の自分が思い出され、ちょっと恥ずかしくなった。
確かにあの時の私は必死に見えただろうな。ふと、小学生の時に国語の授業で読んだ「おおきなかぶ」という作品を思い出す。
けれど、明らかに毛色の違う本が紛れ込んでいたのが見えて、どうして気になってしまったのだ。
中学の時、図書室を利用していたある日。読みたかった本が中々見つからないなと思えば、全く違うジャンルの棚に入っていたということがあった。
私のあの行動は、そんな当時のことを思い出してのものだった。
「そうか……」
疑問が解消されたおかげか、水嶋君の眉間から皺が消え、いつもの無表情に戻る。
その時、私は水嶋君が小脇に抱えているものに気付く。
「それ、北野先生の新刊だよね? もう図書室でも貸し出されてるんだ」
見ればそれは、とある著名な作家さんの人気ミステリーシリーズの最新刊だった。
数日前にテレビのCMで流れてきていたからすぐに分かった。
流行を取り入れるのが早い学校だなぁ、なんて思っていたら水嶋君が首を小さく横に振る。
「いや、これは私物だ」
「私物?」
どうやら図書室で貸し出されているものではなく、水嶋君個人の持ち物だったようだ。
なんで私物の本をわざわざ図書室で読んでいるんだろう? なんて疑問が頭に浮かぶ。
それが無意識のうちに顔に出ていたのだろうか、水嶋君はその理由を説明するように言った。
「……ここの方が落ち着いて読めるからな」
「あぁ」
確かに図書室は静かだし、実際本を読むために存在しているような場所だ。
それに「私物の本を図書室で読んではいけない」なんて決まりはないし、最初はちょっと引っかかったけれど、よく考えたら別にそんな変な話でもないか。
そう考えた私は、それ以上の疑問を持つことはなかった。
話し終えた水嶋君はまた席に戻って、読書を再開させた。
私はその姿を見届けた後、再び編み物の本を探し始めた。
