部活動の終わりを告げるチャイムが、手芸部の部室である被服室のスピーカーから鳴り響く。
私達部員は作業の手を止め、各自使っていた道具や手芸用品を片付けた後、軽く掃き掃除をする。
それが終わって帰り支度を整えた後は、挨拶をして解散となった。
私は校舎を出て、グラウンドで運動部がトンボを使って地面を整備していたり、三角コーンやボールを片付けている姿を横目に正門へと歩く。
正門前に立つ生活指導の先生に挨拶をして、学校を出た。
時間帯としては夕方と言われる現在の空は、うっすらとオレンジがかっているものの、まだ青みが濃く残っている。
ついこの間まではもっと暗い色だったはずなのに、今は街灯がなくても平気なくらいの明るさだ。季節は確実に夏に向かっているのだということを知る。
学校最寄りの駅に着き、改札を抜けて駅ホームに続く階段を登る。
登り終えて、黄色い線の内側で帰りの電車を待つ。
けれど、時間になっても電車が来ることはなかった。
どうしたのだろうと思い、電光掲示板を見ると、赤い文字で「遅延」と表示されていた。
続いて、次のようなアナウンスが聞こえてくる。
『ただいま〇〇線は線路内に亀が迷い込んだ影響により、××駅から△△駅間で遅延が発生しております。お急ぎのところ、大変ご迷惑をおかけしております』
えぇっ! 亀が!?
聞いたことがない遅延理由に驚く。
けれど、人身事故みたいな悲しい理由じゃなくて良かったとも思った。
取り敢えず、お母さんには帰りが遅くなることを伝えておこう。
私はスマホのメッセージアプリを開く。
電車が遅延していることとその理由を送ると、可愛らしい羊が驚いた顔をしているスタンプが返ってくる。まあ、そりゃあ遅延の理由が亀の侵入だなんて驚くよね。
続けて、その羊が「了解」と敬礼するスタンプが送られてきたのを最後に、アプリを閉じてスマホをしまう。
アナウンスによると、運転再開の目処はまだ立っていないとのこと。
思わぬところで時間が出来てしまい、何をして時間を潰そうかなと頭を悩ませる。
その時、ふと視界の端に自販機が入り込んだ。
それはジュースなどの飲料を販売している一般的なそれではなく、アイスクリーム用の自販機だった。
実を言うと、私は自販機でアイスを買ったことがない。
ずっと気にはなっていたけれど、なんだかんだ今まで利用せずにこれまで生きてきた。
だからかもしれないが「この機会に一度は買ってみたい!」という気持ちが強く芽生え、気付けば吸い寄せられるようにその自販機へと歩いていた。
間近で見たのは初めてだけど、アイスの種類が思ったよりも豊富なことを知って少し感動した。
バニラやいちご、チョコレートなどといった王道なものは当然ながら、チーズケーキ味や最中アイスなんてものもある。
その中で私が最も惹かれたのはいちごのアイスだ。
財布を出して小銭を探す。ちょうどいちごアイスの金額分と同じだけの小銭が入っていたため、それらを小銭の投入口に入れた。
ボタンを押すとすぐにガコンッという音と共に、取り出し口にピンク色の可愛らしいデザインの紙に包まれたアイスが落ちてきた。初めて自販機でアイスを買った。
ホームのベンチに座って、包み紙を剥がす。
少量の冷気が空気を漂い、甘酸っぱい香りが広がる。
「えへへ、夕飯前だけど食べちゃおう♪」
パクッと一口頬張る。うん、美味しい。いちごの酸味とミルクの甘さがバランス良くて相性も最高。
外で食べてるからか、尚更美味しく感じる。
自販機アイスデビューを楽しんでいた私だけど、途中ふと隣に人の気配を感じて、なんとなくそちらに視線を移した。
「あ」
気配の正体は、クラスメイトの水嶋君だ。
そういえば、同じ路線だったな。 たまにしか見かけないからすっかり忘れてた。
というのも、水嶋君はバスケ部所属で、運動部は基本的に朝練もある上に部活も遅くまでやっているから、文化部の私と登下校の時間が被ることはほとんどないからだ。
しかも、彼も私と同じようにいちごアイスを手に持っていた。
なんという偶然。アイスの味が一緒というだけだけど、同志を見つけたみたいな気持ちになって少し嬉しくなった。
私の視線に気付いたのか、水嶋君もこちらを見る。
切れ長の瞳でクラスメイトの姿を認識した彼は、いつも通りのクールな表情で軽く会釈してくれた。私もそれに倣って会釈を返す。
水嶋君は会釈を終えると、話し掛けてくる訳でもなく、正面に向き直りアイスを食べ始めた。
私も無理に話題を振る気はないため、再びアイスを楽しむことにした。
けれど、二、三口食べた辺りで水嶋君の「あ、やべっ」という声が聞こえてきて、思わず目を向ける。
見ると、持ち手のワッフルコーンが割れており、中から溶けたアイスが溢れ出てきていた。
幸い、コーンもアイスも地面に落ちる前に水嶋君の口の中に収めることができたものの、その手はアイスでベトベトになってしまっていた。
綺麗な顔が歪むが、それでもかっこよさが損なわれることはなく、むしろ違う種類のかっこいいになっている。
イケメンって凄いなぁ……って、見惚れてる場合じゃない。
私はアイスを持っていない方の手でリュックを開け、手探りでウェットティッシュを取り出した。
片手だから蓋を開けるのが難しいけれど、なんとか開けてシートを引っ張り出し、それを水嶋君に渡した。
「はい。これ、良かったら使って」
「え……あ、あぁ。ありがとう」
水嶋君は少し戸惑った様子を見せつつも、私のウェットティッシュを受け取ってくれた。
それを使って手を拭いた後、私に手を差し出してきた。
「ん?」
「包み紙くれ。ついでに捨てるから」
「そんな、別にいいのに」
「いいから」
どうやら譲る気はないみたい。
けれど、せっかくの厚意を無碍にするのも憚られるため、お言葉に甘えてアイスの包み紙を渡す。
「ありがとう」
「ん」
水嶋君は私から包み紙を受け取ると、自分のゴミと一緒に自販機横のゴミ箱に捨ててくれた。
そして、彼がベンチに戻ってくるのと同じくらいのタイミングで、再びアナウンスが聞こえてきた。
『お待たせいたしました。◯◯線は線路内の安全確認が取れましたため、運転を再開いたします』
電車が動き出すという知らせだった。
ということは、亀は無事に線路から脱出することが出来たんだ。良かったぁ。
「亀、無事に線路から出れたんだね」
「そうみたいだな」
「ふふっ」
「なんだ?」
「なんか、車掌さんが亀を抱っこして線路の外に逃してあげる姿を想像したら、可愛いなーって思って」
ふと頭に浮かんだ光景に思わず笑みが溢れる。
けれど、そんな私の想像を水嶋君はアイスよりもクールな顔でこう否定した。
「亀にはサルモネラ菌があるから、抱き抱えるのは無理だな」
「サルモネラ!?」
「あぁ」
サルモネラ菌って牛肉についてるイメージだったけど、亀にもあるんだ……知らなかった。
水嶋君って物知りなんだなぁ。
そんな会話をしていると、漸く電車が到着し、私達はそれに乗った。
それ以降は特に話すこともなく、私が降りる時に挨拶を交わして解散となった。
帰宅後。
夕飯を食べてお風呂に入り、家族におやすみを言って自分の部屋に戻る。
ベッドに入って天井を眺めながら、私は今日のことを思い返していた。
頭に浮かび上がるのは、帰りの駅のホームで水嶋君と話した時のこと。
今まで話したことがなかったけれど、話してみると案外普通の人だなと感じた。
普段の水嶋君といえば、常に無表情で口数も少なく、多くの人を惹き付ける魅力を持ちながらもそれらを意に返さないような人。
女嫌いという噂に違わず、女の子が近付いてきたらまるでシャッターを下ろすように拒む態度もまた、彼の気難しい印象に拍車をかけている。
けれど、実際に話してみたら、友好的とまではいかなくても普通に会話はしてくれたし、学校で見せるような冷たさや近寄り難さは感じられなかった。
もしかしたら、噂で言われるような人でもないのかも?
そんなことを考えながら真っ暗な天井を眺めていると、段々と意識が夢の中に沈んでいった――。
……。
…………。
「いや、単に私が女の子として見られていない可能性もあるんじゃ……!?」
沈んでいた意識が一気に浮上した。
私達部員は作業の手を止め、各自使っていた道具や手芸用品を片付けた後、軽く掃き掃除をする。
それが終わって帰り支度を整えた後は、挨拶をして解散となった。
私は校舎を出て、グラウンドで運動部がトンボを使って地面を整備していたり、三角コーンやボールを片付けている姿を横目に正門へと歩く。
正門前に立つ生活指導の先生に挨拶をして、学校を出た。
時間帯としては夕方と言われる現在の空は、うっすらとオレンジがかっているものの、まだ青みが濃く残っている。
ついこの間まではもっと暗い色だったはずなのに、今は街灯がなくても平気なくらいの明るさだ。季節は確実に夏に向かっているのだということを知る。
学校最寄りの駅に着き、改札を抜けて駅ホームに続く階段を登る。
登り終えて、黄色い線の内側で帰りの電車を待つ。
けれど、時間になっても電車が来ることはなかった。
どうしたのだろうと思い、電光掲示板を見ると、赤い文字で「遅延」と表示されていた。
続いて、次のようなアナウンスが聞こえてくる。
『ただいま〇〇線は線路内に亀が迷い込んだ影響により、××駅から△△駅間で遅延が発生しております。お急ぎのところ、大変ご迷惑をおかけしております』
えぇっ! 亀が!?
聞いたことがない遅延理由に驚く。
けれど、人身事故みたいな悲しい理由じゃなくて良かったとも思った。
取り敢えず、お母さんには帰りが遅くなることを伝えておこう。
私はスマホのメッセージアプリを開く。
電車が遅延していることとその理由を送ると、可愛らしい羊が驚いた顔をしているスタンプが返ってくる。まあ、そりゃあ遅延の理由が亀の侵入だなんて驚くよね。
続けて、その羊が「了解」と敬礼するスタンプが送られてきたのを最後に、アプリを閉じてスマホをしまう。
アナウンスによると、運転再開の目処はまだ立っていないとのこと。
思わぬところで時間が出来てしまい、何をして時間を潰そうかなと頭を悩ませる。
その時、ふと視界の端に自販機が入り込んだ。
それはジュースなどの飲料を販売している一般的なそれではなく、アイスクリーム用の自販機だった。
実を言うと、私は自販機でアイスを買ったことがない。
ずっと気にはなっていたけれど、なんだかんだ今まで利用せずにこれまで生きてきた。
だからかもしれないが「この機会に一度は買ってみたい!」という気持ちが強く芽生え、気付けば吸い寄せられるようにその自販機へと歩いていた。
間近で見たのは初めてだけど、アイスの種類が思ったよりも豊富なことを知って少し感動した。
バニラやいちご、チョコレートなどといった王道なものは当然ながら、チーズケーキ味や最中アイスなんてものもある。
その中で私が最も惹かれたのはいちごのアイスだ。
財布を出して小銭を探す。ちょうどいちごアイスの金額分と同じだけの小銭が入っていたため、それらを小銭の投入口に入れた。
ボタンを押すとすぐにガコンッという音と共に、取り出し口にピンク色の可愛らしいデザインの紙に包まれたアイスが落ちてきた。初めて自販機でアイスを買った。
ホームのベンチに座って、包み紙を剥がす。
少量の冷気が空気を漂い、甘酸っぱい香りが広がる。
「えへへ、夕飯前だけど食べちゃおう♪」
パクッと一口頬張る。うん、美味しい。いちごの酸味とミルクの甘さがバランス良くて相性も最高。
外で食べてるからか、尚更美味しく感じる。
自販機アイスデビューを楽しんでいた私だけど、途中ふと隣に人の気配を感じて、なんとなくそちらに視線を移した。
「あ」
気配の正体は、クラスメイトの水嶋君だ。
そういえば、同じ路線だったな。 たまにしか見かけないからすっかり忘れてた。
というのも、水嶋君はバスケ部所属で、運動部は基本的に朝練もある上に部活も遅くまでやっているから、文化部の私と登下校の時間が被ることはほとんどないからだ。
しかも、彼も私と同じようにいちごアイスを手に持っていた。
なんという偶然。アイスの味が一緒というだけだけど、同志を見つけたみたいな気持ちになって少し嬉しくなった。
私の視線に気付いたのか、水嶋君もこちらを見る。
切れ長の瞳でクラスメイトの姿を認識した彼は、いつも通りのクールな表情で軽く会釈してくれた。私もそれに倣って会釈を返す。
水嶋君は会釈を終えると、話し掛けてくる訳でもなく、正面に向き直りアイスを食べ始めた。
私も無理に話題を振る気はないため、再びアイスを楽しむことにした。
けれど、二、三口食べた辺りで水嶋君の「あ、やべっ」という声が聞こえてきて、思わず目を向ける。
見ると、持ち手のワッフルコーンが割れており、中から溶けたアイスが溢れ出てきていた。
幸い、コーンもアイスも地面に落ちる前に水嶋君の口の中に収めることができたものの、その手はアイスでベトベトになってしまっていた。
綺麗な顔が歪むが、それでもかっこよさが損なわれることはなく、むしろ違う種類のかっこいいになっている。
イケメンって凄いなぁ……って、見惚れてる場合じゃない。
私はアイスを持っていない方の手でリュックを開け、手探りでウェットティッシュを取り出した。
片手だから蓋を開けるのが難しいけれど、なんとか開けてシートを引っ張り出し、それを水嶋君に渡した。
「はい。これ、良かったら使って」
「え……あ、あぁ。ありがとう」
水嶋君は少し戸惑った様子を見せつつも、私のウェットティッシュを受け取ってくれた。
それを使って手を拭いた後、私に手を差し出してきた。
「ん?」
「包み紙くれ。ついでに捨てるから」
「そんな、別にいいのに」
「いいから」
どうやら譲る気はないみたい。
けれど、せっかくの厚意を無碍にするのも憚られるため、お言葉に甘えてアイスの包み紙を渡す。
「ありがとう」
「ん」
水嶋君は私から包み紙を受け取ると、自分のゴミと一緒に自販機横のゴミ箱に捨ててくれた。
そして、彼がベンチに戻ってくるのと同じくらいのタイミングで、再びアナウンスが聞こえてきた。
『お待たせいたしました。◯◯線は線路内の安全確認が取れましたため、運転を再開いたします』
電車が動き出すという知らせだった。
ということは、亀は無事に線路から脱出することが出来たんだ。良かったぁ。
「亀、無事に線路から出れたんだね」
「そうみたいだな」
「ふふっ」
「なんだ?」
「なんか、車掌さんが亀を抱っこして線路の外に逃してあげる姿を想像したら、可愛いなーって思って」
ふと頭に浮かんだ光景に思わず笑みが溢れる。
けれど、そんな私の想像を水嶋君はアイスよりもクールな顔でこう否定した。
「亀にはサルモネラ菌があるから、抱き抱えるのは無理だな」
「サルモネラ!?」
「あぁ」
サルモネラ菌って牛肉についてるイメージだったけど、亀にもあるんだ……知らなかった。
水嶋君って物知りなんだなぁ。
そんな会話をしていると、漸く電車が到着し、私達はそれに乗った。
それ以降は特に話すこともなく、私が降りる時に挨拶を交わして解散となった。
帰宅後。
夕飯を食べてお風呂に入り、家族におやすみを言って自分の部屋に戻る。
ベッドに入って天井を眺めながら、私は今日のことを思い返していた。
頭に浮かび上がるのは、帰りの駅のホームで水嶋君と話した時のこと。
今まで話したことがなかったけれど、話してみると案外普通の人だなと感じた。
普段の水嶋君といえば、常に無表情で口数も少なく、多くの人を惹き付ける魅力を持ちながらもそれらを意に返さないような人。
女嫌いという噂に違わず、女の子が近付いてきたらまるでシャッターを下ろすように拒む態度もまた、彼の気難しい印象に拍車をかけている。
けれど、実際に話してみたら、友好的とまではいかなくても普通に会話はしてくれたし、学校で見せるような冷たさや近寄り難さは感じられなかった。
もしかしたら、噂で言われるような人でもないのかも?
そんなことを考えながら真っ暗な天井を眺めていると、段々と意識が夢の中に沈んでいった――。
……。
…………。
「いや、単に私が女の子として見られていない可能性もあるんじゃ……!?」
沈んでいた意識が一気に浮上した。
