いちごアイスの溶けはじめ

 水嶋君とお互いの文化祭での役割について愚痴を言い合った翌日以降、私は衣装制作に向けて準備を始めた。
 まずは採寸だ。出演者達の体にメジャーを当てて、その人に必要な服のサイズを測っていく。
 姉崎さんや他の人達の採寸が終わり、次は水嶋君の元へ行く。

「じゃあ、ちょっと測るね」
「分かった」

 両腕を真横に広げた水嶋君の体にメジャーを伸ばす。
 肩幅、胸囲、腕や脚の長さ。色々測っていく中で、私は改めて性別の違いを思い知らされる。大きさとか骨の筋張りとか……そういえば、前にショッピングモールで携帯ショップの営業から守ってくれた時も、背の大きさや背中の広さを感じたなぁ。
 そんなことを思い返していると、ふと水嶋君と目が合う。その近さにボッと顔が熱くなった。

「ご、ごめんっ」
「あ、いや、いい……」

 お互い気まずくなってバッと顔を逸らす。
 なんだか、今更ながら急にこの密着しているような状況が恥ずかしくなってきた……。
 いやいや、採寸しているんだから距離が近いのはどうしたって仕方のないことじゃない! なんて自分に言い聞かせるが、それが逆に言い訳がましく思えてしまう。ダメだ、落ち着け私!

「……」

 ん? なんだろう?
 どこからか視線を感じて周囲を見渡す。
 しかし、誰も私のことを見ている人はいなかった。

「どうかしたか?」
「あ、ううん。なんでもない」

 水嶋君に声を掛けられて、私は我に返る。
 見られているような気がしたけれど……気のせいだったのかも。
 この時の私はそう考えて、再び水嶋君の採寸に向き直った。

 次は衣装デザインの考案になるが、これはある意味衣装を作るよりも難しい工程かもしれない。
 何故なら私はファッションに明るくないからだ。SNSもアカウントを持っているだけであまり使わないから、流行もよく分からないし、おしゃれにも積極的なタイプではない。
 なので、元ネタである映画の世界観やお姫様が着ていたドレスの画像をもとに、自分でも作れそうな無難なデザインにしたいと思う。
 ひとまずこれでこの問題はクリアかな。

 ……なんて安心していたのだが、物事はそう単純にはいかないようだ。

「えー、なんか思ってたのと違うかもぉ」

 姉崎さんにデザイン案を描いたノートを見せたところ、そう言われてしまった。

「えっと、どこが違うかな?」

 内心では戸惑いつつも、表面上は努めて冷静に尋ねる。
 対して、姉崎さんはどこか嘲笑するような、困った笑みを浮かべながら答える。

「どこがって……逆に小岩井さんはこれで良いと思ってるんだ? そっちの方が莉亜としては驚きなんだけどー」

 私から質問したはずが、逆に私の方が問われているような返答である。というよりも、詰められているという方が正しい。
 姉崎さんが思う正解は分からないが、元ネタをリスペクトしたデザインだからそこまで変なものじゃないと思うのだけれど、一体何が駄目だったのだろう?
 困惑していると、姉崎さんが仕方ないわねといった感じでふっと息を吐いて言う。

「まず全体的に微妙? っていうか、なんかパッとしないんだよね。ほら、お姫様ってもっとキラキラしてて、女の子が憧れるような感じじゃなきゃ駄目じゃん? だから、このデザインじゃ違うわけ。分かる?」

 うん、駄目だ分からない。
 言っていることがどれも抽象的で、具体的にどこをどうして欲しいのかが何一つ伝わらなかった。多分、要はもっと華やかなデザインが良いということなんだろうけれど……。
 
「なになにー? 莉亜、どうしたのー?」
「あ、もうドレスのデザイン案できたんだ」

 そこに倉科さんと本郷さんがやって来た。
 
「あ、二人とも。ちょっとこれ見て欲しいんだけど、このデザインどう思う? 小岩井さん的にはこれが正解みたいなんだけど、莉亜的にはちょっとイマイチかもー、って思うんだよね」

 姉崎さんに言われて、二人も私のノートを覗く。
 そして、姉崎さんと同じように二人も小馬鹿にするように笑いながら言った。

「あー、確かにこれはないわー」
「お姫様のドレスなのに地味過ぎー。ドレスといえば、普通こういうのでしょ」

 倉科さんがそう言いながらスマホで調べた画面を私に見せてきた。
 そこに映っているのは、ふんわりと広がる淡いピンク色の生地に細やかで煌びやかな装飾やフリルがふんだんにあしらわれたドレスだった。これ、結婚式のお色直しでしか着る機会がないやつじゃない……!
 流石にこれを基準に持ってこられるのは困るため、私は反論した。

「いや、流石にこのレベルはちょっと……映画のお姫様のイメージともだいぶかけ離れちゃってるよ? 予算のことも考えなきゃだし、私の技術じゃここまでのものを作るのは無理だよ」

 実際、元ネタであるお姫様は楚々としていて派手なものを好まない人であり、劇中で着ていたドレスもそんな彼女の価値観や雰囲気に合わせた清楚で綺麗めなデザインとなっている。
 加えて、その他の現実的な問題も考えると、とても三人が言うようなドレスは作れない。
 しかし、そのことを伝えても彼女達からの理解は得られなかった。

「は? いやいや、映画がどうとかじゃなくて、それ以前に莉亜が着るドレスだってこと分かってんの?」
「予算内で上手くやりくりするのがそっちの仕事でしょ。自分の技術不足を言い訳に使わないでよ」

 本郷さんと倉科さんが苛立った様子で私を責め立てる。

「はぁ……。やっぱ地味……っていうか、あんまり服やおしゃれを知らない人が描くと、こういう野暮ったいデザインになっちゃうのも仕方ないのかな?」

 二人の後に姉崎さんが呆れたように溜息を吐いてから言った。

「まあ、それはあるかも」
「こういうところでその人のセンスとか色々出るもんね」

 そんな……複数人からこれだけ言われるってことは、やっぱり私のデザインがおかしいのかな?
 でも、だからって私自身のことまで言わなくてもいいのに……なんだか悲しくなってきた。

「なあ」

 姉崎さん達の辛辣な言葉にショックを受けていると、水嶋君がこちらに声を掛けてきた。
 それが誰に向けてのものかは分からなかったけれど、姉崎さんがいち早く反応し、先程までよりもワントーン高い声を出す。

「あ、楓斗君! ねえ、聞いて聞いて?」
「あっ」

 姉崎さんは私からノートをひったくると、それを水嶋君の前に広げて見せた。

「ドレスのデザイン案について話し合ってるところなんだけど、上手くまとまらなくてぇ。小岩井さんが描いてくれたんだけど、これだとちょっと……どうかな? って思うんだけど。莉亜としてはもう少し案を練ってほしいんだけど、小岩井さんはこれでいいみたいで、あまり莉亜達の意見を聞いてもらえないんだよねぇ」

 いかにも悲しげな顔で姉崎さんは言うが、あれはどちらかというと無理を押し通そうとしていただけだと思う。
 それに聞いてもらえないと言うけれど、姉崎さん達だって私の意見を聞いてくれなかった。

「小岩井さん、もしかしてあまり文化祭に乗り気じゃないのかな? 昨日の話し合いでも、無理やり衣装係になっちゃった感じだったし」

 いやいや、どうしてそうなるの……!?
 私はただ自分の出来る範囲で頑張ってるだけなのに、その言い方じゃあ、まるで私がやる気ないから適当に仕事しているみたいじゃない。
 先程の意見を聞いてもらえないという愚痴といい、姉崎さん、私の言葉を悪いように捉えて水嶋君に伝えていない?

「そんな、私はただ……!」

 弁明しようとするが、上手く言葉が出ない。
 これじゃあ、水嶋君に誤解されちゃうよ……。そんな風に焦りや不安を覚えていると、水嶋君が口を開いた。

「その話し合い聞こえてたけど、あれは話し合いというよりは、そっちが一方的に詰めていただけじゃないのか?」
「え?」

 間の抜けた声を出す姉崎さん。
 てっきり同意してもらえるとばかり思っていたのだろうか。

「『ここをこうしてほしい』っていう希望を言うのはまだ分かるが、聞こえてきたのは『パッとしない』だの『野暮ったい』だの、どれもただ否定しているばかりだった。しかも、制作する側の事情も考慮しないで、無茶な要求を通そうとしていたように見えたが」
「や、やだ。楓斗君ってば、誤解してるって! 否定じゃなくて正当な指摘として言っただけで——」
「具体性のない指摘はいちゃもんと変わらないぞ」

 水嶋君に指摘された姉崎さんは慌てて弁明しようとするが、それすらも彼にピシャリと言い伏せられてしまい、「うっ」と怯む。
 少しの間言葉に詰まる彼女だったが、すぐに今度は瞳を潤ませながら言う。

「そんな……莉亜はただ、文化祭を成功させたくて、少しでも良い衣装が作れればなって思っただけでぇ……」

 姉崎さんは同情を誘うようにそんな言い訳を並べるが、水嶋君はそれを冷静に受けてから返す。

「それは小岩井も同じだ。ただ、小岩井はプロじゃないし、予算の都合もあるから、百パーセント理想通りというわけにはいかない。折り合いはつけるべきだ。自分が思い描いていたデザインと違っていたからって、乗り気じゃないんだと決めつけるのは違うと思う」

 そう言われて、姉崎さんは今度こそ返す言葉を失う。
 一方、私は姉崎さん達に同調せず、私の事情を気遣ってくれた水嶋君に嬉しさを覚えた。

「そ……そう、だよね……」

 水嶋君に諭された姉崎さんはしょんぼりした様子で立ち去り、倉科さんと本郷さんは彼女にフォローの言葉を掛けながらその後を追った。
 残された私は水嶋君にお礼を言う。

「あの、庇ってくれてありがとう」
「気にするな。それより、あいつらが言ってたことだけど、あまり真に受け過ぎない方がいい。服飾の知識がない俺が言っても説得力ないかもしれないが、良いデザインだと思うから」
「うん、ありがとね」

 先程まで嫌な気持ちだったけれど、水嶋君が分かってくれたというだけで、心が少し軽くなった。