いちごアイスの溶けはじめ

 総体や体育祭といったイベントが終わり、夏休みを経た私は二学期を迎える。

 さて、今は二学期最初の総合の時間なのだが、内容は文化祭の出し物についての話し合いをしている。
 文化祭は十一月に行われる。二ヶ月先の話だが、準備も考えると意外とそんなに時間がない。

 みんなで意見を出し合い、その中から多数決を取った結果、うちのクラスでは劇をやることに決まった。
 そこからどんな内容にするかというところで、姉崎さんが昨年大ヒットした某CGアニメーション映画を候補に挙げた。
 それはとあるおとぎ話を基にした映画で、王子様とお姫様が恋をするというよくあるストーリーだけれど、世界観の美しさや劇中歌が多くの人の心を掴んだことで当時かなり話題となった作品である。
 みんなにとっても馴染みのある作品ということからか、特に反対意見や代替案も出てこなかったためそれで決まった。
 となると、次は配役決めに移るわけだが、ここで次は倉科さんが声を上げた。

「お姫様役は莉亜がいいんじゃない?」

 その一言に、倉科さんの近くに座っていた男子二名が「おー、いいんじゃね?」「似合うべ」と同意する。
 対して姉崎さんは「えー?」と困ったように笑いながら両手をバタバタと振る。

「無理無理! 莉亜、全然お姫様って感じじゃないじゃん!」
「そんなことないよ。寧ろ、このクラスで莉亜以外にお姫様っぽい子なんていないって」

 今度は本郷さんがそう言って姉崎さんを持ち上げる。

「もうっ、何言ってんの? そんなわけないって。みんな莉亜より可愛いもん」
「いや、それはない」

 姉崎さんの言葉を即否定した本郷さんに、女子の雰囲気がピリッと怖いものになる。本郷さん、お願いだから発言には気を付けて!
 それにしても、姉崎さん。先程から謙遜しているけれど、言葉とは裏腹に表情はどこか自信ありげに見えるのは気のせいかな?

 そんな彼女達のやり取りが三往復くらい続いた後、ようやく姉崎さんが仕方ないなといった風にお姫様役を受けることを伝えた。本当は結構乗り気だったんじゃないかなと思ってしまうのは邪推だろうか。
 けれど、姉崎さんは実際可愛いし、お姫様役もきっと似合うんだろうな。

 となると、次はもう一人の主役である王子様役を決める必要があるけれど、誰がやるんだろう?
 そう思っていたら、またもや姉崎さんが挙手しながら言った。

「じゃあ、王子様役は楓斗君がいいと思いまーす!」

 名指しされた水嶋君が「は? なんで俺が?」と言いたげな顔をした。
 そして、案の定ノーと言おうとする。

「は? 俺は嫌――」

 ところが、水嶋君の名前が出てきたところで、目をキラリと光らせたクラス中の女子達が水嶋君の言葉を遮るように次々と賛同の声を上げた。

「賛成!」
「異議なし! 寧ろある人いる?」
「水嶋君の王子様姿……絶対似合う!」

 す、すごい。お姫様役を決めている時までは静かだった教室が一気に騒がしくなった。
 まあ、確かに水嶋君が王子様役というのは適任だと思う。
 煌びやかな軍服っぽい白の衣装に身を包み、跪いてお姫様の手を取る姿はきっと凄くかっこいいのだろう。多分だけれど、姉崎さんや他の女子達もそんな想像をしたのではないだろうか。

 ただ、本人は姉崎さんと違って本気で嫌がっているみたいだから難しいんじゃないかな。
 と思っていたが、女子の中では既に王子様役は水嶋君であることが前提で話が進み、男子も他に王子様をやりたがる人はいなかったようだから、結果として満場一致という形で水嶋君に決定してしまった。
 女子は興奮し、男子は安堵し、水嶋君は死んだ魚のような目で窓の外を見る。水嶋君、ドンマイ……。

 こうして、配役決めは一部かなり強引なところもあったものの、スムーズに決まり終えた。
 そして、舞台に上がらない私を含めた残る人達は裏方として活躍することになるのだが、ここでも衣装制作であったり小道具の準備など役割を決める必要がある。学生の演劇とはいえ、結構本格的にやるんだな。

「あ、衣装は小岩井さんに作ってもらおうよ。手芸部だし」
「え?」

 なんて暢気なことを考えていたら、急に自分の名前が挙がったものだから思わず間抜けな声が出た。

「オッケー。じゃあ、衣装係は小岩井さんね」

 ――えぇ!?

 気付けば私は、拒否する間もなく衣装制作の係にされていた。どうしてこうなった!?

 私が心の中で戸惑いとショックの声を上げたところでチャイムが鳴った。
 約一時間で話し合いがスムーズに進んだのだから、クラス全体としては良い滑り出しだろう。
 しかし、私個人としては幸先不安である。衣装制作なんて私に出来るのだろうか。手芸部だからって衣装が作れるわけじゃないし、そもそもその手芸だって高校から始めたばかりなのに。

「はぁ……」
「美菜子、お疲れー。なんか大変そうな役割押し付けられちゃったね」

 自席で溜息を溢していると、千夏ちゃんが声を掛けて来た。

「あ、千夏ちゃん」
「まあ、大変そうと言えばもう一人いるけど」

 千夏ちゃんが視線を移した先には、姉崎さんグループに囲まれながら自席に座る水嶋君がいた。

「楓斗君! 劇、一緒に頑張ろうね!」

 嬉しそうに話し掛ける姉崎さんに対して、水嶋君は憂鬱そうな顔をする。
 あぁ、そうか。水嶋君も目立つことが好きじゃないのに主演を務めることになるわけだから、憂鬱な気持ちにもなるよね。
 役割は違うけれど、大変な役目を引き受けてしまったという点で勝手に親近感を抱く。

 お互い頑張ろうね、と水嶋君に心の中でエールを送ると不意に姉崎さんが後ろを振り向いた。
 アイメイクとカラコンで強調された瞳が私を捉え、じーっと見てくる。なんだろうと少し不安な気持ちでいると、発色の良いピンク色の唇がニコッと笑みを形取る。
 
「小岩井さんも、衣装係頑張ってね?」
「あ、うん。ありがとう」

 なんだ、ただの応援か。びっくりした。
 何を言われるのか分からなくて変に身構えてしまったけれど、思いの外優しい言葉に肩の力が抜ける。
 姉崎さんはそれだけ言うと、また前を向いて再び水嶋君に話し掛け始めた。

「……何あれ?」
「応援、かな?」

 訝しげな表情で姉崎さんの背中に視線を送りながら聞く千夏ちゃんにそう答えると、「まさかでしょ」と返される。
 正直私も姉崎さんの言葉は予想外だったから、千夏ちゃんが言わんとしていることもなんとなく分かる。
 けれど、先程の話し合いでも姉崎さんは何度も意見を出していたし、文化祭に対して凄くやる気があるみたいだから、ただ単に「文化祭、成功させようね」という意味で言っただけなんじゃないだろうか。

 そして、放課後。
 学校最寄りの駅に向かう途中の道で、水嶋君の後ろ姿を発見した。

「水嶋君!」

 声を掛けると、水嶋君は足を止めて振り向いた。

「小岩井か」
「お疲れ。今日バスケ部オフなんだね」
「あぁ、監督が家の用事あるんだと」
「そっか」

 そんな会話を交わした後、私達は最寄り駅まで歩き始めた。
 道中、私は世間話をするテンションで水嶋君に話を振る。

「文化祭の劇だけど、大変だよね? 主役だなんて」
「……正直あまり気は進まない」

 はぁ……と溜息を吐く水嶋君の顔はうんざりという副詞がぴったりで、あまりどころか全く気乗りしないことが伝わる。
 まあ、彼の性格を考えれば当然の反応だと思う。

「だよね。台詞とか演技とか覚えることも多いだろうし、何より大勢の前に出るなんて凄く緊張しそう」
「緊張はしないが、人前に出るのが好きじゃない。ましてや王子役で出るとなれば尚更だ。歯の浮くような台詞を吐きながら気障ったらしい動きをするところを、大観衆の目に晒されるんだからな。もはや罰ゲームだ」
「そんなに嫌なんだ」

 まさか罰ゲームと言うほどまで嫌だとは思わなかった。王子様に対する偏見の酷さもさることながら。
 恥ずかしいからやりたくないというのは分かるけれど、水嶋君にとっては恥ずかしいどこか嫌がらせでしかないようだ。

「代わってくれる奴がいれば喜んで譲るんだが……」
「それは難しいと思うよ。だって、満場一致で選ばれたわけだし」

 仮にそんな人が現れたとしても女子が許さないと思う。
 そもそもが水嶋君の承諾も得ずに強引に押し進めた人達なのだから。

「でも、重要な役をあんな大勢の人から推薦されるだなんて凄いよね。それだけの人に『この役はこの人しかいない!』って思われたわけなんだから」
「そんな大層な理由じゃないと思うけどな。ただの面白半分だろ」
「そんなことないよ! みんな水嶋君が一番適任だと思ったから選んだんだよ」
「どうだかな」

 イマイチ信用していない様子の水嶋君だが、面白半分で選ばれたなんてことはまずあり得ない。
 女子達のちょっと引くくらい熱心なプッシュの嵐が、私をそう確信させる。

「小岩井は確か衣装係だったよな?」
「あ、うん。私、衣装なんて作ったことないから頑張らなきゃ」
「お互い大変だな」
「だね」

 そうこう話しているうちに駅に着いた。

 同じ電車に乗った後も私達はまた文化祭について話した。
 主に配役の決め方が強引だったことへの愚痴だが、会話中嫌な気持ちになることはなく、共感と笑いに変えて楽しく話していた。