いちごアイスの溶けはじめ

 やがて打ち上げの予約時間終了の時がやってきたため、私達は幹事の子にお金を渡してお店を出た。
 お会計を終えた幹事が出て来るのを待ち、最後に記念としてお店の前でクラスの集合写真を撮って解散となった。
 
 私はみんなに挨拶をした後、駅へと向かう。

「小岩井」

 少し歩いたところで後ろから呼び掛けられたため、立ち止まって振り向く。

「あ、水嶋君。お疲れ様」
「ん、お疲れ」

 水嶋君と軽く挨拶を交わした私は、彼と並ぶように再び歩き始めた。
 別にどちらかが「一緒に帰ろう」と言ったわけでもないが、帰る方向は同じだし、わざわざ距離を空けて歩くのも逆に不自然なのでそうなった。
 
 チラリと横目で隣を見る。
 実は打ち上げが始まる前から少し気になっていたけれど、改めて見ると私服姿の水嶋君って凄く新鮮だ。これまで制服とジャージ姿しか見たことがなかったからそう思う。
 Tシャツにジーンズという凄くシンプルな出で立ちだけど、水嶋君が着ると素材の良さが引き立ち、洗練された印象を与えている。
 私も今日はシンプルなデザインのワンピースで来たけれど、周りの子がみんなおしゃれな格好をしているのを見てもっとおしゃれしてくれば良かったと後悔する私とは違って、水嶋君のそれは寧ろおしゃれ上級者のコーディネートに見える。何より本人のこの静かに構えるような佇まいがそう思わせるのだろう。

 そんなことを考えながら見ていたら、水嶋君がこちらに視線を向ける。
 やばい、見過ぎたかも。内心焦っていると、水嶋君が突然こんなことを言い出した。

「家まで送る。もう遅い時間だしな」
「へ?」

 間抜けな声が出てしまった。
 いきなりのことに驚いて反応が遅れたけれど、意味を理解した後は慌ててその申し出を断った。

「え、いいよそんな、悪いよ」

 確かに路線は一緒だけど私は水嶋君より先に降りるし、私のために途中下車して無駄に歩かせるのは申し訳ない。
 しかし、水嶋君の決意は固いようだ。

「もう暗いし、あまり夜道を一人で歩かない方がいい。万が一不審者にでも遭遇したら、華奢な女性じゃ太刀打ち出来ないだろ」
「うっ……」

 不審者、という単語に怯んでしまう。
 実を言うと、一人で帰るのは少し怖いなと思っていた。
 私の家までの道は人気(ひとけ)が少ない上に、夜になると作動する街灯は光の色が青白くて不気味な雰囲気を放つからだ。
 少し悩んだ末、私は結局水嶋君の申し出を受け入れることにした。

「じ、じゃあ、お願いします」

 私がそう答えると、水嶋君は穏やかな笑みを浮かべた。まるで、それでいいと言うように。

 ところで、今更ながらサラッと「華奢な女性」と言われたことに照れ臭さを覚える。
 勿論、水嶋君に深い意味はないと思うけれど、それでもちゃんと女の子扱いしてもらえたみたいでなんだか嬉しい。
 
 その後、電車に揺られ、二人で私の下車駅で降りて改札を出る。
 五分くらい歩くと道行く人の数は少なくなり、賑やかな声や建物が灯す明るさは遠ざかっていく。
 そのままどんどん進んでいくと、やがて街灯の数も少なくなり、街灯の色も青に変わる。

「なんでこんな人の少ない道に限って街灯が青いんだろう。もっと明るい色にすればいいのに」
「一応理由はあって、青には心を鎮める効果があるから、犯罪衝動を抑えられるという期待もあって導入されているらしい」
「そうなの?」

 私の不満混じりな疑問に対して、水嶋君が豆知識を教えてくれた。
 なんでも元々は、イギリスが街の景観向上のために青色の街灯を使ったところ、犯罪が減ったという話があって、それをきっかけに日本でも防犯目的で導入されるようになったらしい。

「うーん……確かに青は心が落ち着く色だけど、街灯にすると寧ろ不安な気持ちになっちゃうよ。何か出てきそうな雰囲気だし」

 ちゃんとした理由や成功例があるのは分かったけれど、それでもやはり怖いものは怖い。

「そもそも、もっと人通りが多ければそんなに怖くないんだけど」

 しかし、残念ながら私の家までの帰路はここしかない。

「小岩井は誰かがいる方が安心か?」
「そうだね、見守られている感があって安心する。だから今は安心かな」
「ん?」
「だって、水嶋君が一緒なんだもん。こうして話しながら歩くのも楽しくて気が紛れるし、隣にいるだけでも凄く安心できるよ」

 もし一人だったら怯えながら帰っていたと思う。
 風の小さな音に体が強張ったり、猫が横切ると心臓がドクッと跳ねたり。そういった、昼間だったら気にならないような些細なことにビクビクしながら、ただ延々と続くような暗く静かな道を早足で抜けていただろう。

 けれど、今は水嶋君が一緒に帰ってくれているおかげで、怖いと思っていたこの道も安心して歩くことができている。
 最初に送っていくと言ってくれた時は申し訳なさが勝っていたけれど、今となってはありがたいという気持ちの方がずっと大きい。

「……そりゃどうも」

 水嶋君はそう言って、ふいっと顔を背けてしまった。
 あれ? 心なしか耳が赤いような……?

 そうこうしているうちに家まで辿り着いた。

「送ってくれてありがとう。水嶋君も気を付けて帰ってね」
「あぁ、分かった。おやすみ」
「おやすみ」

 玄関扉の前で挨拶を交わした後、水嶋君が来た道を戻る姿を少し見届けてから家の中に入った。

***

 お風呂を出て、保湿とドライヤーを終えて今は自室。
 スマホの時計を見ながら、水嶋君ももう家に着いているかなと想い馳せる。
 別れ際にも言ったけれど、改めてもう一度お礼を言おうと思い、メッセージアプリを開いた。

『今日は送ってくれてありがとう!』

 メッセージを送って十分後、返信が来た。

『どういかなまはきた』
「え、何語?」

 おおよそ日本語ではないメッセージが送られてきた。
 打ち間違いかなと思っていると、すぐさま次のメッセージがやってくる。

『すまはうれ何な』
「んー?」

 またしても解読不能な言葉である。
 何かの暗号だろうか? いや、でも、あの水嶋君が脈略もなくそんなクイズみたいなことをするとは考えにくい。
 じゃあ、バグかな? スマホなら昨日アップデートしたばかりだけれど、それが原因だったりする?
 なんてことを考えていたら、水嶋君から電話が掛かってきたため、慌てて通話ボタンを押す。

「はい」

 電話に出ると、少し焦ったような声で水嶋君が言う。

「悪い。すももが横からちょっかいかけてきて、変な文章になった。本当は『どういたしまして』って返そうとしたんだ」
「あ、そうだったの」

 思いの外ほっこりする理由に口角が上がる。
 すももちゃん。水嶋君の家で飼っているペットのうさぎの名前だ。
 
「ちょ、すーも、今電話中だからっ」

 あ、本当に「すーも」って呼んでいるんだ。

「ふふっ、今もちょっかい出されてるの?」
「あぁ、腹にジャブ入れてくるあたたっ。分かった分かった、終わったら遊んでやるから」

 電話の向こうで愛するペットにうさパンチをお見舞いされているであろう水嶋君。
 けれど、すももちゃんを宥めるその声はとても優しくて、まるで歳の離れた妹の面倒を見ている兄のようだ。
 というか、誰かに振り回されている水嶋君ってかなりレアじゃない? それも含めて微笑ましい気持ちになる。
 
「じゃあ、それだけだから」
「うん、分かった。すももちゃんも待ってるだろうから、早く遊んであげて」
「そうする、ありがとう」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」

 こうして通話は終了した。
 一分にも満たないくらい短い時間だったが、すももちゃんとのほっこりエピソードを知れて面白かったし癒された。
 それと、また水嶋君の声が聞けたのもなんだか嬉しかった。
 なんでそう思うのかは分からないし、ついさっきまで話しながら帰っていたのに変だなとは思うけど、でもそう感じた。