いちごアイスの溶けはじめ

「「「かんぱーい」」」

 高校生たちの元気な声が、ディナータイムで混み合う店内の賑やかさにも負けないくらいに響き渡る。

 ここはしゃぶしゃぶ食べ放題で人気のチェーン店。
 体育祭の打ち上げ会場として、私はクラスのみんなとこの店に訪れた。
 四〜五人掛けのテーブル席にそれぞれ座り、スープが入った鍋を囲みながら、各々グラスを高く掲げる。
 乾杯が終わると、みんな同じ席の人と談笑したり、お肉を食べ始めたりした。
 私も千夏ちゃんや他の子たちと一緒に今日のことを話し合いながら食事を始める。

「それにしても、うちら白組が優勝なんて凄いよねー! やっぱり最後の二人三脚リレーが大きかったのかな?」

 一人がお肉を豆乳スープに潜らせながらそう言った。
 それに対して、他の二人も同意する。

「絶対そうだよ! 水嶋君のペアがぶっちぎりの一等だったし!」
「そもそも、水嶋君が出場した時だけ明らかに盛り上がり方が違ってたよね?」

 彼女たちが話すように、二人三脚リレーで水嶋君&猪上先輩のペアは見事一等に輝いた。
 息ピッタリといった調子でゴールまで走り切った彼らからは、もう前日の喧嘩によるギクシャクした雰囲気は感じられなかった。なんというか、一皮剥けたようだった。
 優勝も勿論嬉しいけれど、私はそれ以上に水嶋君の心が晴れてくれたことの方が嬉しい。
 
 頷きながら話を聞いていると、近くからどっと笑い声が聞こえてくる。
 気になって思わず視線を移すと、通路を挟んで向かいの席が何やら凄く盛り上がっているみたいだった。

「やばこのパフェ、めっちゃ可愛いー! 美味しそう!」

 期間限定フェアのパフェを前にして、はしゃいでいるのは姉崎さん。
 しきりに「可愛い」と言いながら、スマホで色々な角度から写真を撮っている。
 結構大きなパフェだなと思いながら見ていると、姉崎さんの向かいに座っている男子が私が抱いた感想と同じことを口にする。

「いや、これデカ過ぎだろ。ほぼ主食じゃん。莉亜お前、こんなに食えんの?」
「えー、全然余裕なんだけど。言っとくけど莉亜、結構大食いだかんね?」 
「ホントかよ? そんな痩せてるくせに?」

 ふふんと得意げな顔をして返す姉崎さんに、男子はあまり信じていなさそうに聞く。
 それに対して、今度は倉科さんと本郷さんが話に参加してきた。

「いやマジで莉亜ってめっちゃ食べるよ? こんなに腕も脚も細いのに!」
「ね? 羨まし過ぎるんだけど。マジ特異体質じゃん!」

 よいしょ発言をする二人だが、姉崎さんは口を尖らせる。

「ねー、やめてよー。細いの気にしてるんだから。莉亜、いくら食べても太れないのがコンプレックスなの」
「そうなん?」
「そうだよー。本当はもっとお肉付けたいのにー」

 姉崎さんはそう言いながら頬に手を当て、少し大袈裟に溜息を吐いてみせた。
 そして、目の前に座っている水嶋君に聞く。

「楓斗君は痩せてる子とぽっちゃりな子、どっちが好み?」

 賑やかな人達に囲まれていると、水嶋君の落ち着きぶりがより際立つ。
 ジュースを飲んでいた彼はキリの良いところでグラスから口を離して答えた。

「どっちでもいい」
「えー? でも、やっぱ太ってるよりは痩せてる方が良くない?」
「どっちでもいい」
「もうっ。……あっ、もしかして、どんな姿でも変わらず好きでいてくれるってこと?」
「フーッ! スパダリじゃーん!」
「はぁ……」

 笑いが絶えないグループ。
 だけど、その中で水嶋君だけは居心地が悪そうに見えた。
 元々彼は大勢で騒ぐタイプではないし、あの人達のノリにも付いていけていないようだ。
 恐らくだけど、あの様子だと姉崎さんとかに強引に同じ席に座るように言われたのだろう。

 そんなことを考えながら見ていると、私達の席に追加のお肉が運ばれてきた。

「よし来た! どんどん食べよう!」

 千夏ちゃんが早速お肉をしゃぶしゃぶして食べ始める。
 私もスープに泳がせたお肉を掬い上げて食べる。出汁の効いたクリーミーなスープが柔らかい豚肉によく絡み、噛むと脂の甘さとまろやかな味わいが口内に広がる。
 本当に美味しくて、幸せな気持ちが口の中と同じくらいいっぱいになった。

「美味しいね」

 口に手を当てながら言うと、千夏ちゃんが「うん!」と笑顔で同意する。

「あと五皿はいけるわ!」
「ふふっ、そんなに食べたらお腹がはち切れちゃうよ?」
「大丈夫! あたしのお腹は容量無制限だもん!」
「そんなスマホの料金プランみたいに」
「そして翌日、体重計の数字を見て発狂するまでがセットです……」
「現実という名の嫌なオプション付きだった……でも、体重って油断したらすぐ増えちゃうよね。私も明日発狂するかも」

 千夏ちゃんとそんな会話をしながら舌鼓を打つ。
 
「いいなー、小岩井さん」

 すると、横から姉崎さんの声が割って入ってきた。
 いきなり名指しされてなんだろうと思いながら見ると、姉崎さんは続けてこう言った。

「だって、食べたらその分ちゃーんと体型に反映されてるんだもん。莉亜なんて、体型変わらな過ぎて未だに小学生の時の服が着れるレベルなんだよ? だから羨ましい〜!」

 頭に小さな「?」マークが浮かぶ。
 急に話しかけられたこともそうだけど、言われた内容をすぐに理解出来なくてボケっとしていたら、姉崎さんが「あっ」と口に手を当てた後、両手を合わせて申し訳ないのポーズを取る。

「ごめんね? 別に小岩井さんが太ってるって言ってるわけじゃないの! ただ、太れない莉亜にとっては小岩井さんの体型は理想っていうかー」

 姉崎さんがそう言うと、何故か倉科さんと本郷さんが「ぷっ」と吹き出した。

「ちょっと莉亜、それ全然フォローになってないから!」
「ごめんね、小岩井さん。この子ちょっと天然なところあるから、気にしないで?」

 そう言う二人の言葉は姉崎さんを諌めているようだけど、顔と声音は面白がっているように見えるからどっちなんだろうと首を傾げる。
 というか、そもそも何故諌める必要があるんだろう。姉崎さんも謝っていたけれど、別に謝る必要はないのに。

「アンタら――」
「姉崎さん」

 私は姉崎さんの名前を呼ぶ。
 千夏ちゃんが立ち上がって何か言いかけたところを邪魔する形になってしまったみたいで申し訳ないけれど、先に言わせてもらう。

「気にすることないよ」
「は?」
「発育なんて個人差なんだから優劣つけるものでもないし、悲観する必要なんて全くないんだよ?」

 私は姉崎さんにフォローの言葉をかけた。
 太れないことがコンプレックスだと彼女は言うが、そんなものは人それぞれ。
 それに、どんなものにも長所はある。私は続けてこう伝えた。

「それにほら、凹凸が少ない方が服や着物が綺麗に着こなせるじゃない? 姉崎さんお洒落だから、そういう意味ではファッションの幅が広がってきっと楽しいと思うの!」

 その瞬間、ずっとポカンとしていた姉崎さんの顔が、突然般若のように歪んだのだった。

「はあ!? 何よそれ! 莉亜が寸胴だって言いたいの!?」

 しまった……!
 怒鳴られてから私は、自分の言葉選びが失敗だったことに気付いて後悔する。
 勿論そういう意味で言ったわけじゃないが、確かにそう捉えられてもおかしくはない表現だったかもしれない。
 せめてスレンダーと言えば良かった……遅いかもしれないが、慌てて訂正する。

「そうじゃなくてっ! モデルさんみたいにスレンダーだなって意味で言ったの……あ、そうだ!」

 モデルという単語を口にしたところで、以前テレビで有名モデルがボディメイクのために筋トレを始めたと話していたことを思い出す。
 これは使えるネタかもしれないと思った私は、挽回するべく次のような提案をした。

「増量が無理なら筋トレして筋肉をつけるのはどうかな? 女性向けの筋トレ動画とか探せばいっぱいあるはずだよ」

 これならどうだろうか。
 姉崎さんを見ると、その顔から怒りは消えていたが何故か唖然としていた。なんというか「何言ってんのこいつ」と言いたげな表情を浮かべている。
 私はまた何か間違えてしまったのだろうか。そう思っていると、私側の席と姉崎さん側の席からそれぞれ一名がどっと笑い出した。

「ギャハハッ! 小岩井さんおもしれー!」
「何その贅肉がないなら筋肉をつければ良いじゃないって発想! 脳筋のマリーアントワネットか!」

 前者が姉崎さん側の席に座る男子、後者が千夏ちゃんの発言である。
 彼らに釣られて他の人達も笑い始めるが、倉科さんと本郷さんが睨みつけたことで即座に笑うのを止めて顔を背けてしまう。
 蛇のような二人の鋭い視線に気付いた男子が、慌てて宥めるように言った。
 
「あ、いや! 女子って大変だよな? 体型のこととか、色々気にしなくちゃいけないことが多くて。でも、男って実際、そこまで細いとか太いとか考えてないからさ! なあ、水嶋?」

 彼は隣に座っている水嶋君に同意を求める。
 周りが騒ぐ中でも一人黙々と食事をしていた水嶋君は、咀嚼を終えた後、小皿の上に箸を静かに置いて答える。

「俺は、体型はどうでもいい。ただ、人の悩みに寄り添えるような、内面が豊かな人には好感が持てるな」

 顔を私達に向けずにそのまま話すからか、それは返答というよりも独白のように聞こえた。

 内面が豊かな人、か。
 水嶋君のその言葉は、妙に心に深く響いた。
 
「いいこと言うじゃーん!」

 男子が水嶋君の肩を叩きながらそう茶化す。
 空気が和らいだところで、私達はまたそれぞれの席の人達同士で話し始めた。
 姉崎さんは不機嫌な顔でそっぽ向いてしまったから、自然と会話は終了である。
 この後、千夏ちゃんや同じ席の子達からは「さっきの面白かったよ」や「最高だった」と褒められたけれど、何故褒められたのかは分からなかった。