午前のプログラムが終わり、お昼休憩を挟んで午後の部が始まる。
午後は主にリレーをメインにした花形種目で構成されており、最も盛り上がる時間帯と言える。実際、午後の空気は午前の時よりも心なしかワクワクしているように感じる。
けれど、私には一つだけ心配の種があった。それは二人三脚リレーだ。
水嶋君と猪上先輩がペアで出場する種目であるわけだが、昨日の喧嘩もあるから正直不安である。また取っ組み合いになったりしないといいけれど。
もうすぐ二人三脚リレーが始まろうとする。
私は近くにいた水嶋君に声を掛けた。
「あの、水嶋君」
「どうした? 小岩井」
水嶋君は小首を傾げて聞く。
「その、もうすぐリレーだよね? 頑張ってね! 応援してるから」
「あぁ」
私がそう言うと、水嶋君はいつも通りの調子で短く返した。
応援しているという気持ちは本当だが、同時に何事もありませんようにと心配もしている。
「心配するな。もう転けたりしないから」
「え? あ、うん!」
その心配が無意識のうちに顔に出てしまっていたのか、水嶋君が私を安心させるようにそう言った。やだ、私ってそんなに分かりやすいのかな……?
そうして水嶋君は背を向けてリレーの準備に向かおうとした……ちょうどその時。
「ん?」
ぽつりと頭に何かが落ちてきた感覚がして上を見れば、真っ青だったはずの空に灰色の厚い雲が覆い始めていて、先程頭に落ちてきた感覚の正体が勢いよく降り出してきた。
「え、雨!?」
「予報では降るなんて言ってなかったぞ……?」
驚く私と水嶋君。
彼の言うように、今日の降水確率はゼロパーセントだったはずで、周りの人達の困惑ぶりからも分かるように誰にとっても予想外の事態である。
小さな悲鳴も上がり出したところで、先生から指示があり、私達は一旦校舎の中に避難することにした。
教室に入り、窓から空の様子を眺める。
最初はただの通り雨だと踏んでいたが、一向に止む気配がない雨に皆段々と不安が募るようになる。
「これ大丈夫か?」
「まさか中止にならないよね……?」
クラスメイトがその不安を口々に漏らす。
続行か中止かは今、先生達が職員室で相談中であるとのことだが、どうやら長引いているみたい。
「もし中止になったら早く帰れるんじゃね?」
「かもね」
「は? なんだよそれ、中止になった方が良いのかよ?」
「別にそうとは言ってないけど。ただ、早く帰れるなって思っただけ」
「それに雨の中やるのも嫌じゃない?」
「ねえ、そういう空気悪くなるようなこと言うのやめなよ」
「え? 空気悪くなるようなことなんて言ってないけど?」
なんだか教室の雰囲気がギスギスしてきている。
続行派と中止派の間で対立が生まれてしまったみたいだ。
居心地の悪さを感じた私は気分転換に教室を抜け出した。
どこで時間を潰そうかな……。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、水嶋君とすれ違った。トイレ帰りだろうか、彼はハンカチで手を拭きながら歩いてきた。
「どこか行くのか?」
「えっと、うん。ちょっと気分転換に」
水嶋君の言葉に肯定したものの、どこに行くかは決まっていないためふわっとした答え方になってしまう。
対して水嶋君は「そうか……」と呟いてから、少し考えるような表情を浮かべる。教室を出てきた理由を聞かれるのかなと思ったが、次に水嶋君が言うのはそれとは違うものだった。
「それ、俺も付き合っていいか?」
「え? う、うん。いいよ」
予想外のこと言われて思わず間抜けな声が出る。
しかし、特に断る理由もなかったため承諾した。
私達は当てもなく廊下を歩き出した。
その途中、水嶋君が話し掛ける。
「そういえば、どこに行く予定だったんだ?」
「うーん、実は決まってなくて。クラスがちょっとギスギスしちゃってきたから、気分を変えたくて出てきたんだよね」
「ギスギス?」
「えっと、雨がなかなか止まないから、このまま体育祭が中止になるのか続行なのかで意見が割れて、喧嘩みたいな雰囲気になっちゃったんだ」
「そんなことになってたのか……」
クラスの状況を聞いた水嶋君は少し苦い顔をする。
「確かにいつ止むか分からないし、晴れてもグラウンドがぬかるんでたら危ないよね。だから場合によっては中止も仕方ないのかなって思う」
私は中止を期待するクラスメイトの言葉を思い返しながら言った。
正直彼らの言いたいことは分かるし、早く帰れたらいいなという気持ちも否定するつもりはない。
けれど、やはり彼らの意見には賛同出来ない。
「でも、やっぱり続行出来たらいいなぁ。だって、せっかく今まで練習してきたのに、中途半端な形で終わるのは勿体無いもんね」
私自身、練習期間中は辛かったり苦しかったりと決して良い思いばかりではなかったが、その時の思いを無駄にしたくないという気持ちからか、不完全燃焼で終わるのは嫌だなと思う。
何より、水嶋君の二人三脚リレーを見たいなというのが大きい。猪上先輩との件もあるから心配な側面もあるけれど、彼らの努力が水の泡となってしまう方が悲しい。
なので、私は出来ることなら体育祭を続行して欲しいと考えている。
「俺は……」
水嶋君が話し出す。
「正直、雨が降った時、少しホッとしたんだ」
それは、最初の雨粒のようにぽつりと静かに落ちる声だった。
けれど、ただの感想として受け流すにはあまりにも重く響いたような気がした。
隣を歩く彼に視線を移す。
その横顔はなんだか少しばつが悪そうに見えた。まるで、余計なことを言ってしまったと後悔しているような。
「水嶋君……」
何か言葉を掛けようとしたところで、ふと周囲の喧騒が耳に入る。
そこで廊下が思いの外、人の行き交いが多いことに気付く。
「ここじゃなんだから、あっちに行こうか」
私がそう呼び掛けると、水嶋君は返事をする代わりに小さく頷いた。
私達は人の群れから外れるように歩き進めた。
突き当たりの階段を降りて、踊り場まで足を踏み入れたところで歩みを止め、一番下の段に二人で腰を下ろす。
少し間を置いてから、水嶋君が口を開いた。
「昨日、猪上さんと揉めたことなんだけど」
あぁ、やっぱりか。
薄々そうじゃないかとは思っていたけれど、昨日の喧嘩はやはり水嶋君の中でもまだ折り合いがついていないみたいだ。
先程の「雨が降った時、少しホッとした」という言葉も、猪上先輩と顔を合わせることへの気まずさから出てきたものだったのだろう。
私は黙って話の続きに耳を傾ける。
「そもそも、喧嘩の原因は俺にあるんだ」
「どういうこと?」
「練習中、色々余計なことを考えてたんだ。猪上さんが相手だからやりにくいというのもあったんだが、それよりも、俺が二人三脚リレーに対してあまり真剣になれなかったのが問題だった」
そういえば、水嶋君は元々個人リレーを希望していたなぁ。
結局それは叶わず、代わりに二人三脚リレーに出場することとなった際は愚痴っていたのを思い出す。
「それでも決まったものだから仕方がないって、割り切って練習に参加してきた。実際問題なく走れてたし、この調子なら本番もまあ大丈夫だろって余裕こいてたんだ。……そんな油断が練習にも出たんだろうな。要は集中出来てなかったんだ。そのせいでペースが乱れて、足がもつれて、猪上さんも巻き込んで転けた」
「そうだったんだ……」
「猪上さんは、俺が練習に集中出来てなかったことに気付いて指摘してきたんだが、その時の俺は自分のミスだと認められなくて言い返した。それで猪上さんがキレて、あんなことに……」
そうか。だから「原因は俺にある」って言ったんだ。
猪上先輩との喧嘩の経緯を聞いた私は納得する。
「話してくれてありがとう」
「……え?」
私がそう言うと、水嶋君はそれまで俯いていた顔を上げて目を丸くした。
その顔は不思議そうというよりも、困惑しているように映った。
「呆れないのか? 調子に乗ってミスしたくせに、そのことを認められなかったような奴なんだぞ? しかも、それで喧嘩した相手と顔を合わせづらいからって、雨降って安心なんかしてるし……最悪だろ」
「でも、少なくとも水嶋君はそのことにちゃんと罪悪感を持ってるから、今こうして話してくれたんでしょ?」
『正直、雨が降った時、少しホッとしたんだ』
そう言った時、彼はばつが悪そうにしていた。
あれはきっと、そう思ってしまった自分が嫌だったからだろう。
自分の慢心が招いたミス。
指摘されたことへの反発心。
それらが原因であの取っ組み合いが起きたわけだから、本人が抱いた罪悪感は凄まじかったはずだ。
姉崎さんに無理やり擁護された時なんか、相当苦しかったんじゃないだろうか。
「ねえ、水嶋君。今の、猪上先輩に話してみるのはどうかな?」
「猪上先輩に?」
「うん。このままわだかまりを抱えたままでいるよりも、お互い向き合って色々打ち明けた方が少しもスッキリした気持ちでリレー本番を迎えられると思うんだ。それに、例え中止になってもモヤモヤした気持ちそのものは解消されるんじゃないかな」
勿論、無理強いすることは出来ない。
けれど、今のままでいるくらいなら、私に話してくれたみたいに猪上先輩にも思いをぶつけた方が良いと私は思う。
それに、後輩である水嶋君から先に素直な気持ちを打ち明けた方が、猪上先輩も話しやすいんじゃないだろうか、という考えもある。
水嶋君は少し考えるような顔をした後、覚悟を決めたように真っ直ぐ目を向けて言う。
「分かった、話してみる」
彼の言葉を聞いて、私は微笑んだ。
その時、校内放送が流れた。
『生徒の皆さん、およびご来場の保護者の皆様にお知らせいたします。天候が回復し、グラウンドの安全が確認されましたので、これより体育祭を再開いたします』
ここで私は初めて室内が明るくなっていることに気付く。
その理由を確認するように窓の外に目を向けると、いつの間にか雨は止んでいて、濃い灰色に覆われていた空は再び綺麗なコバルトブルーの顔を見せていた。
「体育祭、続き出来るって」
「みたいだな」
私達はそんな会話を交わした後、教室に戻った。
それから担任の指示に従って校舎を出る。
水嶋君がリレーの準備へと向かう前に、私はまた彼に声を掛けた。
「じゃあ、頑張ってね」
「おう」
「私も応援頑張るから」
言ってから「応援を頑張る」ってちょっと変な日本語だったかも、と恥ずかしくなる。
けれど、水嶋君はそのことに突っ込んだり揶揄ったりせず、フッと口角を上げて言った。
「あぁ。期待してる」
その顔は、最初に私を心配させないために見せたものよりも、ずっと頼もしく映った。
背を向けた水嶋君はグラウンドに立つ猪上先輩の元へと走り出す。
辿り着いた彼がペアに何かを話している姿を見て、今度は私の口角が上がる。
どうやら、晴れたのは天気だけじゃなかったみたい。
午後は主にリレーをメインにした花形種目で構成されており、最も盛り上がる時間帯と言える。実際、午後の空気は午前の時よりも心なしかワクワクしているように感じる。
けれど、私には一つだけ心配の種があった。それは二人三脚リレーだ。
水嶋君と猪上先輩がペアで出場する種目であるわけだが、昨日の喧嘩もあるから正直不安である。また取っ組み合いになったりしないといいけれど。
もうすぐ二人三脚リレーが始まろうとする。
私は近くにいた水嶋君に声を掛けた。
「あの、水嶋君」
「どうした? 小岩井」
水嶋君は小首を傾げて聞く。
「その、もうすぐリレーだよね? 頑張ってね! 応援してるから」
「あぁ」
私がそう言うと、水嶋君はいつも通りの調子で短く返した。
応援しているという気持ちは本当だが、同時に何事もありませんようにと心配もしている。
「心配するな。もう転けたりしないから」
「え? あ、うん!」
その心配が無意識のうちに顔に出てしまっていたのか、水嶋君が私を安心させるようにそう言った。やだ、私ってそんなに分かりやすいのかな……?
そうして水嶋君は背を向けてリレーの準備に向かおうとした……ちょうどその時。
「ん?」
ぽつりと頭に何かが落ちてきた感覚がして上を見れば、真っ青だったはずの空に灰色の厚い雲が覆い始めていて、先程頭に落ちてきた感覚の正体が勢いよく降り出してきた。
「え、雨!?」
「予報では降るなんて言ってなかったぞ……?」
驚く私と水嶋君。
彼の言うように、今日の降水確率はゼロパーセントだったはずで、周りの人達の困惑ぶりからも分かるように誰にとっても予想外の事態である。
小さな悲鳴も上がり出したところで、先生から指示があり、私達は一旦校舎の中に避難することにした。
教室に入り、窓から空の様子を眺める。
最初はただの通り雨だと踏んでいたが、一向に止む気配がない雨に皆段々と不安が募るようになる。
「これ大丈夫か?」
「まさか中止にならないよね……?」
クラスメイトがその不安を口々に漏らす。
続行か中止かは今、先生達が職員室で相談中であるとのことだが、どうやら長引いているみたい。
「もし中止になったら早く帰れるんじゃね?」
「かもね」
「は? なんだよそれ、中止になった方が良いのかよ?」
「別にそうとは言ってないけど。ただ、早く帰れるなって思っただけ」
「それに雨の中やるのも嫌じゃない?」
「ねえ、そういう空気悪くなるようなこと言うのやめなよ」
「え? 空気悪くなるようなことなんて言ってないけど?」
なんだか教室の雰囲気がギスギスしてきている。
続行派と中止派の間で対立が生まれてしまったみたいだ。
居心地の悪さを感じた私は気分転換に教室を抜け出した。
どこで時間を潰そうかな……。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、水嶋君とすれ違った。トイレ帰りだろうか、彼はハンカチで手を拭きながら歩いてきた。
「どこか行くのか?」
「えっと、うん。ちょっと気分転換に」
水嶋君の言葉に肯定したものの、どこに行くかは決まっていないためふわっとした答え方になってしまう。
対して水嶋君は「そうか……」と呟いてから、少し考えるような表情を浮かべる。教室を出てきた理由を聞かれるのかなと思ったが、次に水嶋君が言うのはそれとは違うものだった。
「それ、俺も付き合っていいか?」
「え? う、うん。いいよ」
予想外のこと言われて思わず間抜けな声が出る。
しかし、特に断る理由もなかったため承諾した。
私達は当てもなく廊下を歩き出した。
その途中、水嶋君が話し掛ける。
「そういえば、どこに行く予定だったんだ?」
「うーん、実は決まってなくて。クラスがちょっとギスギスしちゃってきたから、気分を変えたくて出てきたんだよね」
「ギスギス?」
「えっと、雨がなかなか止まないから、このまま体育祭が中止になるのか続行なのかで意見が割れて、喧嘩みたいな雰囲気になっちゃったんだ」
「そんなことになってたのか……」
クラスの状況を聞いた水嶋君は少し苦い顔をする。
「確かにいつ止むか分からないし、晴れてもグラウンドがぬかるんでたら危ないよね。だから場合によっては中止も仕方ないのかなって思う」
私は中止を期待するクラスメイトの言葉を思い返しながら言った。
正直彼らの言いたいことは分かるし、早く帰れたらいいなという気持ちも否定するつもりはない。
けれど、やはり彼らの意見には賛同出来ない。
「でも、やっぱり続行出来たらいいなぁ。だって、せっかく今まで練習してきたのに、中途半端な形で終わるのは勿体無いもんね」
私自身、練習期間中は辛かったり苦しかったりと決して良い思いばかりではなかったが、その時の思いを無駄にしたくないという気持ちからか、不完全燃焼で終わるのは嫌だなと思う。
何より、水嶋君の二人三脚リレーを見たいなというのが大きい。猪上先輩との件もあるから心配な側面もあるけれど、彼らの努力が水の泡となってしまう方が悲しい。
なので、私は出来ることなら体育祭を続行して欲しいと考えている。
「俺は……」
水嶋君が話し出す。
「正直、雨が降った時、少しホッとしたんだ」
それは、最初の雨粒のようにぽつりと静かに落ちる声だった。
けれど、ただの感想として受け流すにはあまりにも重く響いたような気がした。
隣を歩く彼に視線を移す。
その横顔はなんだか少しばつが悪そうに見えた。まるで、余計なことを言ってしまったと後悔しているような。
「水嶋君……」
何か言葉を掛けようとしたところで、ふと周囲の喧騒が耳に入る。
そこで廊下が思いの外、人の行き交いが多いことに気付く。
「ここじゃなんだから、あっちに行こうか」
私がそう呼び掛けると、水嶋君は返事をする代わりに小さく頷いた。
私達は人の群れから外れるように歩き進めた。
突き当たりの階段を降りて、踊り場まで足を踏み入れたところで歩みを止め、一番下の段に二人で腰を下ろす。
少し間を置いてから、水嶋君が口を開いた。
「昨日、猪上さんと揉めたことなんだけど」
あぁ、やっぱりか。
薄々そうじゃないかとは思っていたけれど、昨日の喧嘩はやはり水嶋君の中でもまだ折り合いがついていないみたいだ。
先程の「雨が降った時、少しホッとした」という言葉も、猪上先輩と顔を合わせることへの気まずさから出てきたものだったのだろう。
私は黙って話の続きに耳を傾ける。
「そもそも、喧嘩の原因は俺にあるんだ」
「どういうこと?」
「練習中、色々余計なことを考えてたんだ。猪上さんが相手だからやりにくいというのもあったんだが、それよりも、俺が二人三脚リレーに対してあまり真剣になれなかったのが問題だった」
そういえば、水嶋君は元々個人リレーを希望していたなぁ。
結局それは叶わず、代わりに二人三脚リレーに出場することとなった際は愚痴っていたのを思い出す。
「それでも決まったものだから仕方がないって、割り切って練習に参加してきた。実際問題なく走れてたし、この調子なら本番もまあ大丈夫だろって余裕こいてたんだ。……そんな油断が練習にも出たんだろうな。要は集中出来てなかったんだ。そのせいでペースが乱れて、足がもつれて、猪上さんも巻き込んで転けた」
「そうだったんだ……」
「猪上さんは、俺が練習に集中出来てなかったことに気付いて指摘してきたんだが、その時の俺は自分のミスだと認められなくて言い返した。それで猪上さんがキレて、あんなことに……」
そうか。だから「原因は俺にある」って言ったんだ。
猪上先輩との喧嘩の経緯を聞いた私は納得する。
「話してくれてありがとう」
「……え?」
私がそう言うと、水嶋君はそれまで俯いていた顔を上げて目を丸くした。
その顔は不思議そうというよりも、困惑しているように映った。
「呆れないのか? 調子に乗ってミスしたくせに、そのことを認められなかったような奴なんだぞ? しかも、それで喧嘩した相手と顔を合わせづらいからって、雨降って安心なんかしてるし……最悪だろ」
「でも、少なくとも水嶋君はそのことにちゃんと罪悪感を持ってるから、今こうして話してくれたんでしょ?」
『正直、雨が降った時、少しホッとしたんだ』
そう言った時、彼はばつが悪そうにしていた。
あれはきっと、そう思ってしまった自分が嫌だったからだろう。
自分の慢心が招いたミス。
指摘されたことへの反発心。
それらが原因であの取っ組み合いが起きたわけだから、本人が抱いた罪悪感は凄まじかったはずだ。
姉崎さんに無理やり擁護された時なんか、相当苦しかったんじゃないだろうか。
「ねえ、水嶋君。今の、猪上先輩に話してみるのはどうかな?」
「猪上先輩に?」
「うん。このままわだかまりを抱えたままでいるよりも、お互い向き合って色々打ち明けた方が少しもスッキリした気持ちでリレー本番を迎えられると思うんだ。それに、例え中止になってもモヤモヤした気持ちそのものは解消されるんじゃないかな」
勿論、無理強いすることは出来ない。
けれど、今のままでいるくらいなら、私に話してくれたみたいに猪上先輩にも思いをぶつけた方が良いと私は思う。
それに、後輩である水嶋君から先に素直な気持ちを打ち明けた方が、猪上先輩も話しやすいんじゃないだろうか、という考えもある。
水嶋君は少し考えるような顔をした後、覚悟を決めたように真っ直ぐ目を向けて言う。
「分かった、話してみる」
彼の言葉を聞いて、私は微笑んだ。
その時、校内放送が流れた。
『生徒の皆さん、およびご来場の保護者の皆様にお知らせいたします。天候が回復し、グラウンドの安全が確認されましたので、これより体育祭を再開いたします』
ここで私は初めて室内が明るくなっていることに気付く。
その理由を確認するように窓の外に目を向けると、いつの間にか雨は止んでいて、濃い灰色に覆われていた空は再び綺麗なコバルトブルーの顔を見せていた。
「体育祭、続き出来るって」
「みたいだな」
私達はそんな会話を交わした後、教室に戻った。
それから担任の指示に従って校舎を出る。
水嶋君がリレーの準備へと向かう前に、私はまた彼に声を掛けた。
「じゃあ、頑張ってね」
「おう」
「私も応援頑張るから」
言ってから「応援を頑張る」ってちょっと変な日本語だったかも、と恥ずかしくなる。
けれど、水嶋君はそのことに突っ込んだり揶揄ったりせず、フッと口角を上げて言った。
「あぁ。期待してる」
その顔は、最初に私を心配させないために見せたものよりも、ずっと頼もしく映った。
背を向けた水嶋君はグラウンドに立つ猪上先輩の元へと走り出す。
辿り着いた彼がペアに何かを話している姿を見て、今度は私の口角が上がる。
どうやら、晴れたのは天気だけじゃなかったみたい。
