初戦を突破して以降も、バスケ部の勢いは留まることを知らなかった。
特に水嶋君のチームへの貢献ぶりは凄まじかった。当然ながら、勝ち進んでいくにつれて相手チームの強さもレベルアップしていくわけだが、誰が相手でも水嶋君のペースは初戦から変わらなかった。
私もこの一週間、部活がない日は学校帰りに総合体育館へ足を運び、彼らのことを応援していた。自分でもこんなに夢中になってスポーツ観戦をするだなんて思わなかったけれど、初めて試合を観たあの日の感動が私を応援に駆り立てたのだろう。
ひょっとしたら、このまま優勝できるんじゃないか。
そんな期待を抱きながら今日、総体最終日を迎えた。
しかし、残念なことに今日は部活があるため応援に行くことはできない。
代わりにというわけではないが、部活に入っておらず、バイトも休みな千夏ちゃんが観に行くと言っていた。
「美菜子の分まで応援してくるね!」
そう言ってグッドサインを出した彼女はとても頼もしかった。
部活終わり、ちらりと時計を見る。
もしかしたら、今から急いで行けばギリギリ試合に間に合うかも。そう思ったら家に帰ろうとしていた足は、総合体育館に向けて駆け出していた。
ゼーゼーと息を乱しながら会場内に入り、応援席の後ろに立つ。
試合はもう終わってしまったのだろうか。呼吸を整えながら、手摺りを掴んで前屈みになる。
コートの中では選手達は誰一人ボールを持っておらず、その場に立っている。
けれど、その反応は二つに分かれていた。
一方は汗まみれの顔を綻ばせながら歓喜の雄叫びを上げ、もう一方は暗い顔をして項垂れている。
そして、うちの学校のバスケ部の面々は……後者の反応を示していた。
まさかと思い、ここで初めて得点板に目を向ける。
得点はうちの高校が七十八なのに対して、相手校は七十九。
一点差でうちが敗北したことを無情に告げていた。
「あ……」
負けた。
たった一点差。
けれど、その一点がこんなにも重い。
大差で負けるよりもずっと、敗北という事実が重りのようにのしかかる。
涙を流す人。
歯を食いしばる人。
「ちくしょう……ッ!」と吐き捨てる人。
人によって反応は様々だけれど、どれも見てるだけで胸が苦しくなるくらい悔しいという気持ちを強く表していた。
けれど、そんな中で水嶋君だけはどれにも当てはまらなかった。
背筋は真っ直ぐ伸びていて、頬に涙は流れていない。
正面を向くその顔に歪みはなく、ただじっと得点板を見つめている。
それは、ともすればいつも通りの無表情に見え、思考や感情が測りにくい顔だった。
そこへ、ある一人がズンズンと水嶋君の元へと近寄った。
その人は姉崎さん達と揉めていたあの上級生で、彼は水嶋君の胸倉をガッと掴むと怒鳴った。
「一人だけ涼しい顔しやがって! テメェは悔しくねぇのかよ!?」
周りの人達が止めようとするが、それでも上級生が手を離すことはなく、寧ろさらに力が入る。
確かに周りが悔しがっている中、一人だけ表情に変化がない水嶋君は何も感じていないように見えるかもしれない。
加えて、あの上級生はこれまでの試合でずっと懸命に戦い続けてきた一人だ。パワーと粘り強さを武器にしたプレイで、水嶋君とはまた違う形でチームの勝利に貢献し続けてきた彼は、きっと優勝を逃してしまったことへの悔しさも大きいはず。
そんな人からすれば、水嶋君の態度が許せないのだろう。けれど……。
——悔しくないはずがない。
これまでの試合を全て思い返すが、どの場面を切り取っても水嶋君はずっと真剣だった。
もし本当に何も感じないくらいどうでも良かったら、あんなに真剣にはなれないはずだ。
やがて審判の号令で両チームは整列し、挨拶を交わし終えて退場していく。
観客は皆、拍手や労いの言葉を掛けていくが、それらの音がなんだか遠く聞こえた。
***
会場を出て裏側に回ると、日当たりが少なくなる代わりに草木が視界に広がる。
整備されているとはいえ、人目を避けるには都合が良いそんな場所に足を踏み入れると、バシャバシャと水を叩きつけるような音が聞こえてくる。水音の発生源を目で辿ると、水道場でユニフォーム姿の男子が顔を洗っていた。
ちょうど彼が顔を上げたタイミングで声を掛ける。
「水嶋君」
私に気付いた水嶋君は濡れた顔のままこちらを向いた。
髪全体まで濡れているのは勢い良く洗い過ぎたというよりも、意図的に頭からも水を掛けたからなのだろう。
水嶋君の様子がずっと気になっていた私は、閉会式が終わった後、すぐにどこかへ行ってしまった彼を探しに会場内や外を彷徨っていた。
そして、この場所に辿り着いたわけだ。
「あの……試合、お疲れ様」
ぎこちない上にあまり気の効かない労いの言葉を掛けると、水嶋君は「あぁ」とだけ返した。
「頑張ったね」
「負けたけどな」
「うん……」
否定はしなかった。
実際その通りだし、それを事実として受け入れている相手に下手にフォローしてもかえって気を悪くするだけだと思ったからだ。だが、代わりに沈黙が生まれてしまった。
どうしよう……。
自分から声を掛けておいてなんだが、上手いこと話を続けることが出来ない。これじゃあ、何しに来たんだ、って言われても文句は言えない。
なんとか次に言うことを見つけ出そうとすると、それより先に水嶋君が沈黙を破った。
「相手の学校……優勝常連校なんだ」
「え?」
急に決勝戦の相手校の話をし始めた水嶋君に首を傾げながらも、黙ってその続きを聞く。
「ニュースや新聞でもよく見聞きするくらい有名な強豪で、プロ入りしたOBも多い」
確かにスポーツに明るくない私でもその名前は知っているくらいだから、強い学校なのは分かる。
「だから……最初から勝てるだなんて思ってなかったし、寧ろそんな学校相手に接戦出来ただけでも十分だろ。本来なら当たる機会もないような、雲の上の存在なんだからな」
だから負けても落ち込むことじゃない、仕方のないことだからと言うように水嶋君は肩をすくめる。
それは一見いつも通りの落ち着きぶりだが、私にはそれが落ち着いているように見せているだけに思えた。
それに今の言葉も私にではなく、まるで自分に言い聞かせているように聞こえた。
水嶋君、やっぱり——。
「悔しいよね」
ピクッと水嶋君が反応する。
そして、一瞬の間を置いてから小さな声でこう返ってくる。
「……悔しい? 俺が?」
私の言葉に水嶋君は鼻で笑う。
けれど、私は躊躇わずに頷いてみせた。そんな私に彼は「ほう?」と皮肉めいた顔を向ける。
「なんでそう思う」
「顔を見れば分かる」
表情こそいつも通りクールだけど、何かを我慢しているような顔をしている。
それに……その目が僅かに充血しているのを、私は見逃さなかった。
少し触れればすぐに感情が決壊しそうな両方の瞳。それを必死に抑え込もうと冷静を装い、皮肉な態度まで取って見せているのだろう。
指摘された水嶋君は目を丸くした後、目を伏せて黙り込む。
やがて顔を上げた彼は、私に向き直り口を開いた。
「小岩井」
私の名前を口にし、水分の重さで長くなった前髪を掻き上げる。
ちょうどその時、雲の隙間から差し込む光が日当たりの悪いこの場所に舞い込んだ。
薄い水の膜を張った双眸や、濡れた髪から滴る水滴が光を反射する。
何かを決意したような強い表情がはっきりと輪郭を現した。
「……次は負けない」
それは静かな、しかし力強い宣言だった。
悔しさを認めながらも、このまま終わるつもりはないという覚悟が感じられた。
「……うん!」
特に水嶋君のチームへの貢献ぶりは凄まじかった。当然ながら、勝ち進んでいくにつれて相手チームの強さもレベルアップしていくわけだが、誰が相手でも水嶋君のペースは初戦から変わらなかった。
私もこの一週間、部活がない日は学校帰りに総合体育館へ足を運び、彼らのことを応援していた。自分でもこんなに夢中になってスポーツ観戦をするだなんて思わなかったけれど、初めて試合を観たあの日の感動が私を応援に駆り立てたのだろう。
ひょっとしたら、このまま優勝できるんじゃないか。
そんな期待を抱きながら今日、総体最終日を迎えた。
しかし、残念なことに今日は部活があるため応援に行くことはできない。
代わりにというわけではないが、部活に入っておらず、バイトも休みな千夏ちゃんが観に行くと言っていた。
「美菜子の分まで応援してくるね!」
そう言ってグッドサインを出した彼女はとても頼もしかった。
部活終わり、ちらりと時計を見る。
もしかしたら、今から急いで行けばギリギリ試合に間に合うかも。そう思ったら家に帰ろうとしていた足は、総合体育館に向けて駆け出していた。
ゼーゼーと息を乱しながら会場内に入り、応援席の後ろに立つ。
試合はもう終わってしまったのだろうか。呼吸を整えながら、手摺りを掴んで前屈みになる。
コートの中では選手達は誰一人ボールを持っておらず、その場に立っている。
けれど、その反応は二つに分かれていた。
一方は汗まみれの顔を綻ばせながら歓喜の雄叫びを上げ、もう一方は暗い顔をして項垂れている。
そして、うちの学校のバスケ部の面々は……後者の反応を示していた。
まさかと思い、ここで初めて得点板に目を向ける。
得点はうちの高校が七十八なのに対して、相手校は七十九。
一点差でうちが敗北したことを無情に告げていた。
「あ……」
負けた。
たった一点差。
けれど、その一点がこんなにも重い。
大差で負けるよりもずっと、敗北という事実が重りのようにのしかかる。
涙を流す人。
歯を食いしばる人。
「ちくしょう……ッ!」と吐き捨てる人。
人によって反応は様々だけれど、どれも見てるだけで胸が苦しくなるくらい悔しいという気持ちを強く表していた。
けれど、そんな中で水嶋君だけはどれにも当てはまらなかった。
背筋は真っ直ぐ伸びていて、頬に涙は流れていない。
正面を向くその顔に歪みはなく、ただじっと得点板を見つめている。
それは、ともすればいつも通りの無表情に見え、思考や感情が測りにくい顔だった。
そこへ、ある一人がズンズンと水嶋君の元へと近寄った。
その人は姉崎さん達と揉めていたあの上級生で、彼は水嶋君の胸倉をガッと掴むと怒鳴った。
「一人だけ涼しい顔しやがって! テメェは悔しくねぇのかよ!?」
周りの人達が止めようとするが、それでも上級生が手を離すことはなく、寧ろさらに力が入る。
確かに周りが悔しがっている中、一人だけ表情に変化がない水嶋君は何も感じていないように見えるかもしれない。
加えて、あの上級生はこれまでの試合でずっと懸命に戦い続けてきた一人だ。パワーと粘り強さを武器にしたプレイで、水嶋君とはまた違う形でチームの勝利に貢献し続けてきた彼は、きっと優勝を逃してしまったことへの悔しさも大きいはず。
そんな人からすれば、水嶋君の態度が許せないのだろう。けれど……。
——悔しくないはずがない。
これまでの試合を全て思い返すが、どの場面を切り取っても水嶋君はずっと真剣だった。
もし本当に何も感じないくらいどうでも良かったら、あんなに真剣にはなれないはずだ。
やがて審判の号令で両チームは整列し、挨拶を交わし終えて退場していく。
観客は皆、拍手や労いの言葉を掛けていくが、それらの音がなんだか遠く聞こえた。
***
会場を出て裏側に回ると、日当たりが少なくなる代わりに草木が視界に広がる。
整備されているとはいえ、人目を避けるには都合が良いそんな場所に足を踏み入れると、バシャバシャと水を叩きつけるような音が聞こえてくる。水音の発生源を目で辿ると、水道場でユニフォーム姿の男子が顔を洗っていた。
ちょうど彼が顔を上げたタイミングで声を掛ける。
「水嶋君」
私に気付いた水嶋君は濡れた顔のままこちらを向いた。
髪全体まで濡れているのは勢い良く洗い過ぎたというよりも、意図的に頭からも水を掛けたからなのだろう。
水嶋君の様子がずっと気になっていた私は、閉会式が終わった後、すぐにどこかへ行ってしまった彼を探しに会場内や外を彷徨っていた。
そして、この場所に辿り着いたわけだ。
「あの……試合、お疲れ様」
ぎこちない上にあまり気の効かない労いの言葉を掛けると、水嶋君は「あぁ」とだけ返した。
「頑張ったね」
「負けたけどな」
「うん……」
否定はしなかった。
実際その通りだし、それを事実として受け入れている相手に下手にフォローしてもかえって気を悪くするだけだと思ったからだ。だが、代わりに沈黙が生まれてしまった。
どうしよう……。
自分から声を掛けておいてなんだが、上手いこと話を続けることが出来ない。これじゃあ、何しに来たんだ、って言われても文句は言えない。
なんとか次に言うことを見つけ出そうとすると、それより先に水嶋君が沈黙を破った。
「相手の学校……優勝常連校なんだ」
「え?」
急に決勝戦の相手校の話をし始めた水嶋君に首を傾げながらも、黙ってその続きを聞く。
「ニュースや新聞でもよく見聞きするくらい有名な強豪で、プロ入りしたOBも多い」
確かにスポーツに明るくない私でもその名前は知っているくらいだから、強い学校なのは分かる。
「だから……最初から勝てるだなんて思ってなかったし、寧ろそんな学校相手に接戦出来ただけでも十分だろ。本来なら当たる機会もないような、雲の上の存在なんだからな」
だから負けても落ち込むことじゃない、仕方のないことだからと言うように水嶋君は肩をすくめる。
それは一見いつも通りの落ち着きぶりだが、私にはそれが落ち着いているように見せているだけに思えた。
それに今の言葉も私にではなく、まるで自分に言い聞かせているように聞こえた。
水嶋君、やっぱり——。
「悔しいよね」
ピクッと水嶋君が反応する。
そして、一瞬の間を置いてから小さな声でこう返ってくる。
「……悔しい? 俺が?」
私の言葉に水嶋君は鼻で笑う。
けれど、私は躊躇わずに頷いてみせた。そんな私に彼は「ほう?」と皮肉めいた顔を向ける。
「なんでそう思う」
「顔を見れば分かる」
表情こそいつも通りクールだけど、何かを我慢しているような顔をしている。
それに……その目が僅かに充血しているのを、私は見逃さなかった。
少し触れればすぐに感情が決壊しそうな両方の瞳。それを必死に抑え込もうと冷静を装い、皮肉な態度まで取って見せているのだろう。
指摘された水嶋君は目を丸くした後、目を伏せて黙り込む。
やがて顔を上げた彼は、私に向き直り口を開いた。
「小岩井」
私の名前を口にし、水分の重さで長くなった前髪を掻き上げる。
ちょうどその時、雲の隙間から差し込む光が日当たりの悪いこの場所に舞い込んだ。
薄い水の膜を張った双眸や、濡れた髪から滴る水滴が光を反射する。
何かを決意したような強い表情がはっきりと輪郭を現した。
「……次は負けない」
それは静かな、しかし力強い宣言だった。
悔しさを認めながらも、このまま終わるつもりはないという覚悟が感じられた。
「……うん!」
