いちごアイスの溶けはじめ

 応援席に着くと、自校や他校の制服姿がちらほらと見受けられる。私達と同じように学校帰りに来たのだろう。
 全席自由だけれど、基本的に同じ学校の人同士で固まっているため、必然的に私と千夏ちゃんも同じ制服姿の集団の近くに座る。
 ちなみに、姉崎さん達は案の定と言うべきか、一番前を陣取っていた。

 間も無くして、応援席の真下にある入場通路から選手達が現れた。

「あっ! 楓斗君出てきた!」

 その中には、一年生にして既にレギュラー入りを果たした水嶋君の姿もあった。
 周りの先輩達は貫禄というか実力者のオーラがあって流石といった風貌の人達ばかりだけれど、その中に混ざっても浮くことはなく、選抜メンバーの一人として堂々とその姿を見せている。
 凄いなぁ……。私だったら雰囲気に圧倒されて、立つことも出来ないと思う。

「きゃーっ! 楓斗くーん!」

 姉崎さんの黄色い声が神聖な会場内に響き渡る。
 あぁ、もうっ! そんなに騒いだら選手や周りのお客さんにご迷惑だよ……!
 というか、あんなに騒がしくしたら最悪スタッフの人に追い出されたりしない?  私が騒いでいるわけじゃないのに、自分のことのように恥ずかしさや心配する気持ちが湧いてくる。

 浮ついた空気を修正するように審判が咳払いをし、ボールを上に投げる。あ、これ知ってる。ティップオフってやつだ。
 そして、それを両チームの代表がジャンプしてボールに手を伸ばす。
 先に相手チームの代表がボールに触れ、コートに押し入れたことで試合は開始された。
 
 相手チームの選手がドリブルで一気にゴールへと走っていく。
 その間、うちの学校の選手達が必死に止めようとするけれど、相手選手はそれらを強引とも言えるくらいの突破力で全て跳ね除け、駆け進んで行く。
 気付けばゴール目前となり、相手選手がゴール前にいる人へ向かってパスを出そうとした。

 このままじゃ、先制点を取られちゃう……!
 そう思った時だった。

 いつの間にか相手選手に追い付いていた水嶋君が、パスカットして危機を防いだのだった。
 そして、そのままボールを奪い、攻めの体勢へと入った。
 風のようなドリブルでコートを駆け抜け、相手選手のディフェンスを次々と交わしていく。
 ゴール下にいる人達のファウル覚悟で止めようとしてくる動きも見切って、ジャンプシュートで一点を制したのだった。

 瞬間、会場中が湧き上がる。
 特に姉崎さんグループがこれまでにないくらいの歓喜の悲鳴を上げた。
 私は大声こそ上げなかったものの、「わぁ……!」と感嘆の溜息が出て、瞬きも忘れるくらい惚けていた。

「よっしゃあ! 先制点ゲット!」
「うん!」

 千夏ちゃんとハイタッチして喜ぶ。
 快調の滑り出しを見せたことで、我が校のチームの雰囲気が一層良くなったように見える。
 しかし、同時に相手チームも先制点を一年生レギュラーに取られたからか、闘争心に火がついたようだ。表情が引き締まり、好戦的なオーラが強く増している。

 その後は両チーム共に一歩も引かない姿勢をプレイという形で存分に表現していた。
 見ているこちらが痛くなるくらい激しい接触や、知略を駆使して翻弄するようなプレイ。
 点を取っては取られての繰り返しの中で、予想出来ない試合運びが展開されていく。
 手に汗握るとはまさにこのことだろう。

 中でも水嶋君の活躍には目を見張るものがあった。
 個人としての力量もさることながら、先輩達との連携もスムーズで見事なものだ。
 加えて、自分より体格の良い相手選手達の動きを、まるでじゃれついてくる猫をあしらうように軽く流しているのが凄い。

 けれど、一番凄いのは初試合で緊張する様子もなく、いつものように冷静でいることだ。
 いくら実力があるとはいえ、本番で緊張して力が発揮できないということなんてザラにあるし、ましてや公式試合はこれが初めてのはず。
 それなのに、そんな状況で普段通りにプレイができるだなんて、本当に凄いと思う。

 ……いや。
 一つだけ、いつも通りじゃないところがあった。

 表情だ。冷静で相変わらずあまり変化がないけれど、面構えは真剣そのものだった。
 勝ちという獲物に飢えた獣のようなギラつきはない。
 けれど、青い炎が揺らめくような、静かな闘志を感じさせる。そんな表情をしていた。

 ――かっこいい……。

 そう思った瞬間、ドキッと心臓が高鳴った。
 ん? なんだろう、今のドキッていうの?  思わず自分の胸に手を当てる。
 試合に対する興奮? でも、それとは何かが違うような……なんだろう?

 僅かに違和感を覚えるが、ボールが相手選手に奪われてしまったところで意識は再び試合に戻る。
 本当に一秒後には状況が変わっているから、おちおち余所見もしていられない。
 この時、自分の中に感じた違和感は、試合に熱中することですっぽりと抜けてしまっていた。

 こうして、試合は最後まで白熱した空気に包まれ、遂に終了のホイッスルが鳴り響く。
 結果は――私達の学校のチームが勝利を収めた。

「「きゃー! やったー!」」

 私と千夏ちゃんはそう叫んで、手を取り合った。
 同じ学校の人達も凄く喜んでいる。姉崎さん達なんか絶叫かというくらい大きな黄色い声を上げていて、ちょっと怖かった。
 私達観客の興奮も冷めやらぬまま、選手達は審判の呼び掛けに素早く整列し、両者向かい合って礼を交わす。

 選手達を全員見送った後、観客も応援席から立って出口へと向かう。
 私と千夏ちゃんもその後に続くように並び、出口を抜けて会場の外へ出た。
 興奮で熱くなった頬を外気が撫でる。今日も気温は三十度を超えるけれど、閉鎖的な空間の中で咽せ返るような試合の熱気に晒された後だと、外が涼しく感じる。

「あー、楽しかったー! めっちゃ盛り上がったわ」

 千夏ちゃんが両腕を空に伸ばしながら、そんな感想を告げた。
 試合中ずっと声を張り上げて応援していたからか、その声は少し掠れ気味に聞こえるが、表情はスッキリとしている。
 私は彼女の言葉に「うん!」と頷いた。

「私、まだ胸がドキドキしてる! スポーツ観戦って初めてだったけど、あんなに楽しいものなんだね」

 段々と落ち着いてきつつも未だ早く脈打つ自分の鼓動を抑えながら、私も感想を告げた。
 千夏ちゃんが誘ってくれなかったら体験することができなかった、興奮とワクワクをたくさん浴びることができた。

「千夏ちゃん、今日は誘ってくれてありがとうね」

 私がお礼を言うと、千夏ちゃんは夏空のようにニカッと笑った。

 二人で会話しながら歩いている途中、総合体育館の外にある広場で水嶋君が姉崎さん達に囲まれている姿が目に入った。
 試合とは別の熱が一方的に飛び交う光景に、千夏ちゃんは一気に顔を顰めた。

「うわ、またやってる。あんなのでよくうちらに付き纏いしてるなんて言えたよね」
「水嶋君、大丈夫かな……」

 甲高い声で水嶋君を労うような言葉を掛けている姉崎さんだが、その勢いと言葉数は身体的なものとはまた違った疲労を与えているようだ。パッと見はポーカーフェイスな水嶋君の表情が僅かながら引き攣っている。
 心配になって見ていると、水嶋君の後ろの方から佐竹君が道枝君と新堂君を連れてやって来て、水嶋君に一言二言話し掛けた後、彼の肩に腕を絡めてそのままどこかへ連れて行った。
 その後ろ姿を姉崎さんは名残惜しそうに見つめるも、流石にチームメイトの輪の中に混ざるわけにはいかないと思ったのか、そこで引き下がった。佐竹君、ファインプレー!

 水嶋君が救出されたのを見届けた後、私と千夏ちゃんは会場の敷地を出て最寄り駅へと歩いた。

「じゃあ、あたし△△線からの方が近いからそっちから帰るね」

 駅に着き、改札に入ると千夏ちゃんがそう言った。

「あ、うん、分かった。じゃあ、また学校でね」
「うん、また明日ー」

 こうして私は千夏ちゃんと別れて、帰りのホームへ続く階段を登った。

 ホームに入り、既に到着していた電車に乗る。アナウンスによると、時間調整のため発車まで少し時間がかかるとのこと。
 そのまま電車の中で発車を待っていると、再びアナウンスが流れて発車の時を告げると、電車のドアが閉まり始める。

 が、閉まり切る前にスッと誰かの体が滑り込むように入り込んできた。
 ギリギリではあるが、慌てて駆け込んできた感じではなく静かに乗ってきたその人は、席を探しているのか車内を見渡している。
 そして、その両目がドア付近の席に座っていた私と合うと「あっ」と丸くした。

「えっと……お疲れ様、です?」

 私はその人――水嶋君にそう声を掛けた。
 何故だか語尾に疑問符が付いてしまい、本人にも「なんで疑問形なんだ」と突っ込まれた。

「来てたんだな」
「うん」
「全然気が付かなかった」
「凄く集中してたもんね」

 試合中の水嶋君の集中力は凄まじかった。
 目の前の相手の動きとボールの行方、そしてゴールまでの最適な道筋だけを見ていた。観客の声や視線など一切遮断して、全感覚を研ぎ澄ますように。
 当時のことを思い出したら、落ち着いてきたはずの鼓動がまた早く脈打ち始めて、気付けば私の口はその熱を水嶋君に語り始めていた。

「水嶋君、大活躍だったね! たくさん点決めてたっていうのも勿論だけど、どんな相手の動きも見切って交わしたり防いだりしていて凄かった! あんな一秒を争う状況の中で、よくあんなに正確な動きを取ることが出来るよね? 私、バスケにはあまり詳しくないしスポーツを観戦すること自体初めてだったんだけど、終始興奮しっぱなしだったよ! あぁ、手に汗握るってきっと、こういうことを言うんだなぁ、って。本当に一秒たりとも目が離せなくて――」
「落ち着け」

 制止するように手のひらが目の前に出される。
 私はそれを見てしまった、と自分の口を押さえた。
 興奮のあまり、ついマシンガンのように一方的な話し方をしていたことに気付いたのだ。しかも、それに伴って声も大きくなってたかもしれない。
 急に恥ずかしくなって「ごめんなさい……」と謝ると、水嶋君は短く息を吐いた。

「まだ初日なのに大袈裟な奴だな」
「大袈裟なんかじゃないよ。本当に凄いって思ったんだから」

 ムキになって反論したら、水嶋君に「はいはい、分かったから」と小さい子供を宥めるように流されてしまった。本当なのにぃ。
 確かにまだ始まったばかりではあるけれど、それと試合に対して感動したという気持ちは別物だ。
 ムッとして頬を膨らませると、何故か水嶋君にフッと笑われてしまう。

「な、なんで笑うの?」
「いや。ただ、ちゃんと観ていたんだなって思って」
「え? それは、まあ」

 せっかく観に来たんだし、そんなの当たり前のことではないかと思うが、水嶋君はどことなく嬉しそうだ。なんだろう?
 
 首を傾げていると、降りる駅に着いたようで少し慌てて席を立った。

「おっと……じゃあ、またね」
「ん、またな」

 挨拶を交わして電車を降りる。
 ホームの階段に向かいだしたところで、言い忘れていたことを思い出し、一度足を止めて水嶋君の方へ振り返る。

「次の試合も頑張ってね!」

 水嶋君は「おう」とだけ言って頷いた。