いちごアイスの溶けはじめ

 そして、週明け。
 総体の期間が始まると同時に、私達文化部や帰宅部の生徒にとっては授業が午前までで終わるボーナス週間に突入である。
 運動部が一斉にいなくなった教室は思いの外ガラガラで、授業形式は変わらないはずなのになんだか不思議な空間に感じた。
 四時間目まで授業を受けて、帰りのホームルームが終わると、千夏ちゃんが私のところに近寄ってきた。

「行こっか」
「うん」

 今日の放課後は、先週から千夏ちゃんと約束していた総体を観に行くことになっている。楽しみだなぁ。
 総体は総合体育館というところで行われる。
 学校の最寄り駅から電車に乗り、しばらく揺られながら千夏ちゃんと談笑していると、六駅目くらいで目的の駅に着く。そこから改札を出て、十五分くらい歩いたら総合体育館に辿り着いた。
 初めて来た場所だけど、事前に地図アプリで場所を調べておいたおかげで迷わず着くことが出来た。

「へえ、総体ってこういう場所でやってたんだ」

 会場を見た私はそんな感想を呟いた。
 大会が催されるということから規模の大きさは概ね想像通りだったが、外観は思っていたよりも綺麗で驚いた。
 ガラス張りの面が多いというのもあるが、壁が黒ずんでいないというのが大きいのかもしれない。

「うちら、何気に来るのは初だもんね。中入ろ」
「うん」

 中に入り、応援席へと向かう。
 楽しみだなと思いながら歩いていると、途中でなんだか見覚えのある人達と目が合う。
 私は「あっ」と驚き、千夏ちゃんは「げっ……」と嫌そうに顔を歪める。
 その人達というのは、姉崎さんグループだった。

「え、なんでいんの」
「まさか、あの二人も水嶋君を観に来たわけ?」
「うわ、最悪。付き纏いじゃん」

 姉崎さん達は顔を顰めながらこちらを見て、ヒソヒソと話している。凄く気まずい……。
 まさか彼女達とこんなところで会うとは思わなかった。
 けれど、囁かれる内容を聞く限り水嶋君の応援に来たみたいだし、そういう理由なら彼女達がここにいるのも不思議ではない。
 まさに、水嶋君あるところに姉崎さんあり、だ。

「聞こえてんだけど? すぐ目の前にいるんだから、憶測で話さずに直接聞いたら良いでしょ。それともコミュ障なの?」

 姉崎さん達のヒソヒソ話に千夏ちゃんがはっきりと物申した。
 その挑発とも取れる言い方に姉崎さん達も反論する。

「は? 何? 痛いとこ突かれたからってキレないでくんない?」
「痛いとこ? 寧ろ、ブーメランになってアンタらに突き刺さってんだから、痛いのはそっちじゃない? だって水嶋のこと付き纏ってるのはそっちじゃん」
「何言ってんのこいつ? うちらは付き纏いなんてしてないから!」

 口論する千夏ちゃんと姉崎さん達。
 やばい、このままだとルール無用の言葉の殴り合いに発展してしまう……! 私がレフェリーにならないとっ!

「ま、まあまあ! 喧嘩はやめよう? みんな応援するっていう目的は一緒なんだから」

 だから喧嘩する理由なんかないはずだ、という意味で発したつもりの言葉だったが、それを姉崎さんが鼻で笑い否定する。

「あのねぇ、莉亜達は朝からここに来てたの。学校帰りにフラッと立ち寄っただけの人とは、応援する気持ちの強さが違うんだよねぇ?」

 言外に「貴方と一緒にしないで」と言われてしまった。
 そういえば、姉崎さん達って今日学校に来てなかったな。
 その理由がまさかの水嶋君の応援のためだったとは……確かに凄い熱量かもだけど、授業はちゃんと受けたほうが良いと思う。
 まあ、そんなこと本人には絶対言えないけれど。

 なんてことを考えていたら、私たちの傍を通り過ぎようとしたジャージ姿の男子が、こちらにチラリと視線を向けた途端「うげっ!」とカエルが潰れたような声を出して立ち止まった。

「なんかうるせーなと思えばまたオメェらかよ。午前中も水嶋水嶋って散々騒いでくれやがってよぉ……つーか、なんか増えてんじゃねーか!」

 その男子は先週、姉崎さん達と揉めてた件のバスケ部の上級生だった。
 増えてるって……もしかして、私と千夏ちゃんのことを言っているのかな? 一緒にいるから勘違いされているのかもしれない。

「うわ、この前の猿男じゃん。なんなの今日は? 次から次へと……」
「あぁ? 何ぶつくさ言ってやがる」

 姉崎さんが疎ましげにぼやいているのを上級生は聞き逃さなかった。
 喧嘩なら買うぞと言わんばかりに彼は聞き返す。
 だけど姉崎さんもそれに怯むようなタチではなく「え、何がですか?」とすっとぼけた。その勢いに乗りかかるように、倉科さんと本郷さんも上級生に対抗する。

「こっわ。またうちらのこと怒鳴る気ですかぁ? こんなパワハラな先輩がいるなんて水嶋君が可哀想」
「そもそも先輩には興味ないんで、ご心配なくー」
「ほんっっっとに口の減らねぇガキ共だなぁ……!?」

 上級生は歯をギリィッと音が鳴るくらいに噛み合わせる。

 あわわっ、どうしよう……!
 千夏ちゃん対姉崎さんグループの戦いは終息を迎えたが、代わりに彼と姉崎さんグループが戦い始めてしまっている。
 今日はこの前みたいにこの場を上手く納めてくれるマネージャーさんもいないから、私が止めるしかない。

「あ、あの……!」

 勇気を振り絞って声を掛けると、上級生は「あぁ?」とキレ気味に声を上げて振り向いた。
 そして私の顔を見た途端――何故か急に目を大きく見開いたかと思えば、顔を赤くしだして固まってしまった。

 も、もしかして、余計に怒らせちゃった!? どうしよう……。
 でも、やるしかない……!
 私は無理矢理心を落ち着かせ、勇気を出して言った。

「騒がしくしてすみません! 試合の邪魔にならないように気を付けますから……!」

 私は彼に謝罪の言葉を述べて頭を下げる。
 実際うるさくしちゃったわけだし、更には先週に引き続き、姉崎さん達が色々失礼なことを言ってしまったこともあって、かなり怒ってるに違いない。
 私もなにか怒鳴られるかも……なんて覚悟をしていたが、返ってきた言葉は思っていたよりも穏やかなものだった。
 
「お、おう……。まあ、そうしてくれんなら? こっちは別にいいけどよぉ……」

 先程までの勢いとは打って変わり、声も小さく、モゴモゴとした話し方になっている。
 顔は相変わらず赤いままだし、目も合わせてくれないけれど、ひとまず謝罪は受け取ってくれたみたい。
 上級生はそれ以上何か言うわけでもなく、そのまま会場へと戻っていった。
 良かった、これ以上喧嘩にならなくて。
 
「なーんかあの人、急に大人しくなったわね? さっきまで火山の噴火前って感じだったのに」

 千夏ちゃんが小首を傾げながら言う。
 確かに私もそこは少し気になるところだけど、結果的には助かったから良しとしよう。

「うん、思ってたよりも優しい人で良かった……って、あれ? 姉崎さん達は?」

 今の今まで一緒にいたはずの集団が忽然とその姿を消していることに気付いて聞くと、千夏ちゃんが「あぁ」と呆れ顔で教えてくれた。

「アンタがあの人に頭下げてる間にさっさと応援席の方に行ったよ。ったく、あいつら人に尻拭いさせて恥ずかしくないのかね?」
「えぇ、そんなぁ……」
 
 私、これでも結構勇気出して止めたのに、自分達だけ先に行っちゃうなんてあんまりだよ……。
 なんて恨み言を呟く私の心情を察したのか、千夏ちゃんが肩をポンと叩いて「うちらも行こっか」と促してくれたので、私も頷いて答えた。
 せっかく応援に来たのに、こっちが元気なかったら駄目だよね。
 気を取り直して、私は千夏ちゃんと応援席へと向かった。