いちごアイスの溶けはじめ

 帰りのホームルームの時間は本来、担任の先生から連絡事項や話をされるものなのだが、いつもは特に話すことがないからとすぐに終わる。
 けれど、今日は珍しく担任から話があった。

「えー、いよいよ来週から総体が始まります。運動部のみんなは、今までの練習の成果を存分に発揮して頑張ってな」

 総体――総合体育大会の略称。
 高校体育連盟が主催となり、全国の高校の運動部が集まって競い合う大会のことである。
 中学の時は中体連が主催の総体が毎年開催されていたが、高校でもあるみたいだ。
 運動部に属している人達は、来週の一週間はその大会のために学校を休むことになる。
 つまり、来週中は水嶋君とも会えなくなるわけだ。
 
「そんでもって、留守番組はその間授業が午前で終わるわけだ。ラッキーだな」

 先生の言葉に同意するように、運動部以外のクラスメイト達は「よっしゃあっ!」と声を上げたり、喜ぶ反応を見せた。

「やったね、美菜子。来週超ラクじゃーん」

 近くに座っていた千夏ちゃんが小声でそう言ってきたから、私も「そうだね」と同意した。
 学校が早く終わるのは学生としては嬉しいことだし、私自身もそれは同感だ。
 けれど、同時に水嶋君としばらく会えなくなることに少しの寂しさも覚える。
 まあ、そんなことは誰にも言えないんだけど。

 先生からの連絡事項は以上となり、挨拶をして帰りのホームルームは終わる。
 私は千夏ちゃんと一緒に教室を出た。

「ねえねえ。来週さ、学校終わったら一緒に総体観に行かない?」

 二人で渡り廊下を歩いていると、千夏ちゃんがそんな提案をしてきた。

「え、観たい! ……でも、運動部の関係者じゃない人も会場に入って大丈夫なの?」
「大丈夫だよ! 一般の人でも応援のために行くことはOKだから。実際、あたしの仲良い先輩も去年彼氏の応援で行ったことあるみたい」
「そうなんだ」

 総体の会場に一般客も出入りすることが出来るだなんて初めて知った。
 そもそも、中学の頃は学校終わったら真っ直ぐ家に帰りなさいという方針だったから、応援に行こうという発想もなかった。
 だから、総体の様子がどんなものかなんて全然分からないから、千夏ちゃんのお誘いには凄く興味が湧く。
 
「それに、美菜子が行けば水嶋も気合い入るんじゃない?」
「え? どうして?」
「ありゃ、気付いてないのか……」
「ん?」
「あ、いや! 仲が良い子が応援に来てくれたら、水嶋も嬉しいんじゃないかと思ってさ」

 あぁ、そういうことか。
 確かに私の応援が少しでも励みになれば嬉しいけれど、多分私が来ても来なくても水嶋君は普段通りにプレイすると思う。
 だとしても、私自身は応援しに行きたいから行く。

「じゃあ、私部活行くね」
「おっけ。また来週ー」
「うん、またね」

 千夏ちゃんと別れた後、部室である被服室へと向かった。

 そこから一時間半ほど活動して、ミシンや裁縫道具を片付けて部室を後にする。
 被服室がある校舎を出て正門に向かおうとすると、途中に体育館の近くを通る必要があるのだが、その際に開かれた体育館の入り口からちょうど中の様子が伺えるようになっている。
 いつもなら気にせずそのまま帰るのだが、この日はたまたま聞こえてきた掛け声、断続的に床に打ち付けられるボールの音に釣られてチラリと目を向けてみる。

 すると、男子バスケ部が実践練習を行っている様子が映し出された。
 私は思わず正門へ向かうはずの足を止め、体育館へと方向転換し、入り口から中の様子を見学する。
 ちょうど水嶋君がドリブルしながらコート内を駆け回っていて、それを敵チームらしき人達が必死に止めようとしていたけれど、全て華麗に交わしている。
 そして、そのままバスケットゴールにシュートして華々しいフィニッシュを飾ったのだった。
 
「わあ……凄い……!」

 ごぼう抜きからのシュートまでの流れは、バスケ未経験者の私から見ても無駄がなくて惹き込まれるほどに鮮やかだった。
 感動で呆けていると、どこからか「きゃあぁぁっ! 楓斗くーん! かっこいい!」という黄色い声が沸く。
 あれ? デジャヴ? 
 
「いい加減にしやがれお前ら!」
「きゃあっ!?」

 突如、体育館中に響き渡る怒号に思わず悲鳴が漏れる。

 恐る恐る視線を移すと、コート外でギプスを着た上級生と思わしき人が、怖い顔をしながら女の子達と対峙していた。
 そして、その女の子達というのが……姉崎さんグループである。
 うん、やっぱりと言うべきか。水嶋君に向けたあの黄色い声、今日の体育の時も同じようなことがあったからそうじゃないかとは思っていたんだけど、案の定ご本人達だった。

「毎回毎回キーキーキーキー猿みてーに騒ぎやがって! こちとら大会前だぞ!? そうでなくても気が散って仕方ねーってのによぉ!」

 上級生と思わしき人は、姉崎さん達にそう怒鳴った。
 鬱憤が溜まっていたからなのか、あるいは元々口が悪いからなのかは分からないが、結構強い言葉を使っている。
 鋭い目つきと脱色した短髪というヤンキーっぽい見た目が、彼の迫力を後押しして怖い印象だ。

 けれど、姉崎さん達も負けていない。
 
「え、何この人怖ぁ」
「猿みたいって、猿顔の人に言われたくないんですけどぉ」
「ただ応援してただけなのに、怒鳴るなんてひっどーい」

 す、凄いなぁ……。
 怒鳴られて怯むどころか、強気に言い返す姉崎さん達の姿に、私はある意味感心した。
 しかも、口では「怖い」「酷い」なんて言って被害者を装っているけれど、言葉の端々に棘があって反撃する以上の加害性が表れている。平たく言えば、姉崎さん達の方があの人を攻撃しているように見える。
 
「こんのクソガキ共がぁ……!」

 姉崎さん達の罵倒とも言える反論に、上級生らしき人はギリギリと歯を慣らしながら、さらに大きな爆発を起こしそうな雰囲気を醸し出している。

「おい、大丈夫かあれ? 先輩が劣勢じゃん」
「誰か止めろよ」
「てか、またあの子達か。応援はありがたいけど、うるさくて集中できないよな」
「そもそもバスケ部の応援というより、水嶋の応援って感じだしな」

 他の人達も練習を止めて、彼らの様子を眺めていた。
 不安や迷惑、面白がるなど色々な視線がコート外の争いに注視する。
 た、大変なことになっちゃってるよ……。
 部外者の私まで心配になって成り行きを見ていると、スコアブックを抱えたジャージ姿の女子――推定マネージャーさんがあの台風の目に勇敢にも飛び込んだのだった。

「はいはーい! 先輩は練習に戻ってください。お嬢さん達は私とちょっとお外出ましょうか」
「はあ? 何アンタ――って、ちょっと押さないでよ」
「さあさあ、行きましょうか」

 姉崎さん達はまだ何か言っているが、そんなことお構いなしなマネージャーさんの手によって、まとめて体育館の外へと引き摺られていったのだった。
 三人を同時に押し出していくなんて、あのマネージャーさん凄い力持ちだなぁ。あと、笑顔なのに有無を言わせぬオーラを感じる……。

「チッ……」

 姉崎さん達がいなくなっても、あの上級生はまだ怒りが収まらないようだ。
 彼は興奮冷めやらぬ様子で、今度は水嶋君に食ってかかった。

「おい水嶋ぁ! あの女共、テメェの追っかけだろ? あいつら、うるせぇわ人を猿顔呼ばわりするわ、どうなってやがる! しっかり管理しとけよ!」

 対して、水嶋君は冷たい眼差しを向けながら返した。

「俺には関係ないので、管理しろとか言われても困ります」
「んだとぉ!?」

 手を出しかねない勢いの上級生を周りの人達が「まあまあ」と宥める。
 一方、水嶋君は自分には無関係だといった顔して、練習に戻っていってしまった。
 部活の先輩相手でもあんなに強気で冷めた対応をするだなんて、凄いけれど少しヒヤヒヤしてしまう。
 
 それにしても、なんとなく覗いてみただけだというのに、練習以外のことが色々と目に飛び込んでしまった。
 特に姉崎さん達のこと。あの人達の迷惑行為とも言える行動を思い返し、私も長居するのは良くないなと考え、その場を後にして帰った。