いちごアイスの溶けはじめ

 今は七月。
 湿気や肌寒さがなくなった代わりに、太陽の光がこれまでよりも眩しく感じるようになった。
 校庭の木々の葉はその太陽の光を反射して一層キラキラと輝き、グラウンドを駆け回る影の色は以前よりも濃くなっている。
 衣替えをしたのは六月だが、肌寒い日もあった六月と比べると、今はようやく気温が私達の服装に追いついたって感じだ。
 時折吹いてくるささやかな風が、熱気に晒された肌を優しく撫でてくれて小さな憩いのようである。

 それでも最近は、外で運動するのが厳しく感じるようになってきている。
 そのことを私は、絶賛文字通り肌で感じている最中であった。

「はぁ、はぁ……しんどい……」

 今日の体育は校庭でサッカーをすること。
 ニチームに分かれて試合形式のゲームを行っているのだが、日差しが照りつく中、ボールを追い駆けるのはなかなか辛い。
 ただでさえ私は運動神経が良くない上に体力もあまりないというのに、そこに暑さが加わるわけだから体の動きがさらに鈍り、体力の消耗も激しくなる一方だ。汗と一緒に元気も流れ落ちているのだろう。

 ホイッスルが鳴り響き、ゲームは終了。
 ここからは体育担当の先生の計らいで自由時間となるが、これ以上ボールと仲良くする体力がない私は千夏ちゃんと木陰で休憩することにした。

「あー、しんどっ。こんな暑い中外で運動なんてどうかしてるって」
「ね? 熱中症になっちゃうよぉ……」

 手を団扇代わりにしてパタパタと動かしながら言う千夏ちゃんに、私も同意する。
 そんな風に二人で愚痴を言い合いながら汗を乾かしていると、どこからか「きゃーっ!」と黄色い声が聞こえてくる。

「うっさいわね……って、うわぁ……」

 煩わしそうにボヤいた千夏ちゃんがチラリと発声源を見やると、その顔がまるで虫でも見たかのように歪む。
 私も気になって見てみると、近くで姉崎さん達がはしゃいでいる姿が目に入った。
 そして、そんな姉崎さん達を賑わせている要因は、彼女達の視線の先にいたのだった。

 今、姉崎さん達が磁石のように張り付いているフェンスの向こう。そこには普段は野球部が練習で使っているグラウンドが存在する。
 そのバッターボックスに現在立っているのは、バットを構えて真っ直ぐ前を見据える水嶋君だった。

 体育は男女分かれてそれぞれ違う内容の種目を行うことになっている。例えば今月で言えば、女子はサッカー、男子は野球といったように。
 それにしても、水嶋君はバットを持つ姿も様になっているなぁ。
 なんて思いながら見ていると、いつの間にかピッチャーがボールを投げていたみたいで、水嶋君がそれを見事に打ち返した。
 何も遮るものがない夏空に白球が高く飛んでいく。
 同時に、再び黄色い声が上がった。

「きゃあっ! 楓斗君すごぉい!」

 姉崎さんがぴょんぴょん飛び跳ねながらはしゃいでいる。
 確かに今のは凄かった。
 運動音痴の私からしたら、球をバットに当てることすら難しいことなのに、よくあんな速くて小さな球をドンピシャで当てて、しかもあそこまで真っ直ぐ遠くまで飛ばせるものだ。
 それに、相手のピッチャーは野球部所属の子だったはず。身長もクラスで一番高くて体格もかなりがっしりしていて、いかにもピッチャー向きといった風貌の男子だ。
 そんな人が繰り出す球を打ち返すだなんて、本当に凄いと思う。バスケだけじゃなくて、野球も得意なんだ。

 しばらくしてチャイムが鳴り、挨拶と後片付けを終えて、この日の体育は終了となった。
 水嶋君……ではなくっ! 男子の野球を見ている間は気を紛らわすことができたけれど、授業が終わった瞬間、一気に暑さやら疲労やらがのしかかってきたみたいに体が重くなるのを感じる。
 走って校舎の中に入っていく人を見ると体力あるなぁと思うが、その人達からすれば私が体力ないだけに映るのだろう。

 前を向く気力すら奪われ、首を落とした状態で歩いていると、運動靴の紐が解けかけていることに気付く。
 しゃがみ込んで、靴紐を結び直す。すると、前方に人影が差し込み、誰かの足元が目に飛び込んできた。

「お疲れ」

 降ってきた低い声と簡素な労いの言葉。
 それらをくれたのは水嶋君であった。

「あ、お疲れ様――」

 靴紐を結び終わった私は立ち上がろうとする……が、その途端、視界がクラッと歪んで足元が覚束なくなる。
 
「おっと……大丈夫か?」
 
 バランスが崩れて膝をつきそうになったところで、水嶋君が私の腕を掴んで支えてくれた。

「ん……え? ひゃあっ!?」

 目眩のせいで閉ざされた瞼をゆっくり開けると、至近距離で飛び込んできたその光景に思わず変な声が出てしまう。

 鼻筋の通った高い鼻、薄くて形の良い唇、キメの細かい肌。
 そして、夏の暑さを物ともしない怜悧な切れ長の瞳。

 美形であることは分かっていたつもりだったけれど、こんな間近で見てもその認識が変わらないどころか、寧ろ益々かっこいいだなんて知らなかった。
 まさに美の暴力!
 目の保養を通り越して目に悪いし、何より心臓に悪いよぉ……!

「わわわっ! だ、だ、大丈夫だよ! ごめん!」

 私は慌てて水嶋君の手を解き、距離を取った。
 せっかく支えてくれたのに申し訳なく思うが、これ以上は私の心臓への負荷が懸念されるから許してほしい。

「軽い立ち眩みだと思うから……!」
「そうか? まあ、確かにさっきまで俯いていたところを急に立ち上がったからだな。貧血とか熱中症の類いじゃないなら良い」
「うん、それは大丈夫。ありがとうね」
「あぁ」

 私がお礼を言うと、水嶋君は軽く頷いた後、徐ろに体操着の裾に手を伸ばす。

「それにしても今日は暑いな」

 そして、その裾を捲って口元まで持っていき、汗を拭い始めたのだった。
 そのせいでお腹が見えてしまい、割れた腹筋が露わになる。
 私はすぐに顔を逸らした。
 不可抗力とはいえ、物凄く悪いことしてしまった気分になる。
 それにしても、水嶋君って細身だと思っていたけれど、意外と筋肉あるんだな……って、何を考えてるの私は!?

「どうした? やっぱり体調悪いんじゃ――」
「な、なんでもない! 大丈夫だから! じゃあ、私先に行ってるね!」

 私の様子を見て具合が悪いと勘違いした水嶋君に心配されるが、被せ気味に誤魔化して、ダッシュでその場を離れた。
 これ以上一緒にいたらボロが出てしまいそうだもん。

「あ……まあ、走れるくらい元気ならいいか」