私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

 監視係になって数年が経つと、俺はこの屋敷でどのようなことが行われているのか理解し始めました。

 ジスレーヌ様、ここに入れられた罪人が皆、幽閉期間中に亡くなるか、それでなかったら屋敷から出た直後に亡くなっているのをご存知ですか?

 別に呪いではありません。

 公爵にはどうやらこのお屋敷が魔女によって呪われていると噂されているほうが都合がいいらしく、監視係に命じて食材の中にこっそり毒や幻覚剤を仕込ませているのです。

 あ、ジスレーヌ様には毒も幻覚剤も盛っていませんよ。

 あなたがここに入れられた最初の日にリュシアン殿下と通信機で話したのですが、やけにあなたの心配をしていたので。

 その……率直に言うと、交渉の材料に使えると思ったんです。食材に入れるよう命じられた毒はこっそり捨てておきました。……なんで照れてるんですか?

 そういうわけで、俺は監視係として潜り込み、ルナール公爵に復讐する機会をうかがうことにしました。

 新人のうちは多かった制限も年数が経つに連れ少なくなり、今回は一人で監視係を担当することになりました。

 俺は今回こそルナール公爵への復讐を実行すると決意しました。

 たとえ正体がばれて捕まろうと、処刑されようと、必ず復讐を遂げてやると。


***

 フェリシアンさんはそう言って言葉を止めた。名前も今までのつながりも捨てて復讐にかけた人生。私には想像もできないほど過酷だっただろう。

「大変だったんですね、フェリシアンさん。よくぞ一人でそこまで……」

「もっと建設的なことで頑張れたらよかったんですがね」

 フェリシアンさんはそう言って自嘲気味に笑った。それから目を伏せ、申し訳なさそうに言う。

「……ジスレーヌ様に謝らなければならないことがあるんですが……はじめ、通信機で連絡をしてもつながらなかったでしょう? 本当は事務所のベルは鳴っていたんですが、恐怖を与えようとしてわざと出ませんでした。
けれど、あなたが母の幽霊を見たと言ったので、信じきってはいないもののその話が気になって、解除魔法を解き忘れていたなんて下手な嘘をついて直すふりをしたんです」

「まぁ、そうだったんですか。でも、そのくらい大丈夫ですよ。最初の頃以外あまり使うこともなかったので」

 そう言ってから、ふと頭にお屋敷に来て初日の光景が浮かんだ。二階のお部屋を一つずつ回っていたとき見つけたあのおどろおどろしい手紙。

 初めは「魔女」からの手紙のように思ったけれど……。


「フェリシアンさん」

「はい」

「もしかして二階の部屋に血文字の手紙を置いたのもフェリシアンさんですか?」

 尋ねると、フェリシアンさんの肩が大きく跳ねた。そして心底申し訳なさそうな顔をする。

「……その通りです。今回の罪人は王族の関係者だと知って、怯えさせて追い詰めたら何かに使えるのではないかと……。改めて申し訳ありません」

 私は慌てて両手を振る。別に責めるつもりはなかったのだ。

「いえ、気になっただけですから謝らないでください! 私がされたことといえば、手紙を置かれたことと通信に出てもらえなかったことくらいですから。私のほうがもっと悪事を働いています。むしろ、混入するように命じられた毒を捨ててくださりありがとうございました」

「けれど、さっきはあなたを殺しかけました」

「気にしないでください。フェリシアンさんは、ベアトリス様に対する深い愛情からそうされたのをわかっていますから。愛は人を狂わせますからね」

 私が微笑んで言うと、フェリシアンさんはまた目に涙を溜める。


「ジスレーヌ様、その……母は今もここにいるのでしょうか?」

 フェリシアンさんは緊張した面持ちで尋ねる。

「いますよ。さっきからずっと、怖い顔をしたり泣きそうな顔をしたりしながら、ずっと隣で話を聞いています」

 今もいるも何も、ベアトリス様はずぅっとフェリシアンさんの近くにいて、彼が幼い頃の話をするときは悲しげな顔をし、監視係になってからの話をする時には怒った顔をしたりして、真剣に話を聞いていた。

 私にはこんなにはっきりと見えているのにフェリシアンさんには見えていないのだと思うと、不思議な気持ちになる。

 同時に、私なんかよりも彼の目にベアトリス様が映ったらいいのにと切なくなった。


「……ありがとうございます。ジスレーヌ様のおかげで、久しぶりに母に会えた気分です」

 けれど、私の言葉を聞いたフェリシアンさんはとても嬉しそうに、子供のような笑顔で笑ったのだった。