S L S -病弱天然ちゃんはドSイケメンに溺愛される-

 夜の病院は、いつもより静かで、少しだけ怖い。
 私は、ずっと考えていた。

 黒川先生が命を懸けて助けてくれたこと。
 でも、それが“禁じられた手術”だったということ。
 そして――私の命が、“愛”と“罪”の上に成り立っていること。

 ……苦しかった。

 でも。

「お前が、俺にとって“最初で最後”の執着だからだよ」

 その言葉は、心の一番奥に届いてしまった。

「……ほんとに、ずるい人」

 私はその夜、黒川先生に会いに行った。
 外科の当直室。ノックすると、彼は何も言わずに私を見つめた。

「私、知りたい。先生がしたこと、全部。ちゃんと受け止めるから」

 しばらくの沈黙のあと、黒川先生は低く言った。

「……あの日、俺は、もう助からないって判断されてたお前のカルテを、書き換えた。
 “蘇生の見込みあり”に。倫理審査も通さず、俺の研究データを使って、自分の責任で執刀した。」

「……だから、私は今ここにいるの?」

「そうだよ」

「じゃあ、私の命は先生の“罪”でできてるの?」

「違う」

 黒川先生は、静かに言い切った。

「お前の命は、お前自身が生きようとしたから今ある。俺はただ、それを――絶対に失いたくなかっただけだ」

 そのとき、私は気づいた。

 怖かったのは、黒川先生が何を“したか”じゃない。
 それでも、彼を信じたいと思ってしまう自分の気持ちだった。

 ……それは、恋だった。

「先生、私――」

 言いかけたそのとき、背後の廊下から足音が響いた。

 振り返ると、結城先生がいた。冷たい視線の奥に、なにか揺らぎがある。

「一ノ瀬先生。もう一度だけ聞きます。僕のところに来ませんか?
 僕なら、あなたの病気をもっと安全な方法で治せる。黒川先生の手を、あなたから引き離せる」

 その一言に、私はすべての答えを悟った。

「……ありがとうございます。でも、私は、この命をくれた人の隣にいたいです」

 黒川先生が一瞬、目を見開いた。

 そして、私の手を、そっと取った。

 体温は高くて、あの日のように強くて――私の心臓が、安心した。