アラ還の、恋は野を越え山越え谷越えて

~由佳 said ~

少しして匠さんが戻ってきた。
いつもと代わらない匠さんだ。
紗依から聞いていなかったら気がつかなかった。

「早く退院したいな。あと何日くらい入院しないとダメですか?」
ずっと匠さんの顔を見るのは辛すぎる。
一日も早く退院したい。

「あと2~3日じゃないかな。たまにはのんびりしても良いんじゃない?」
どうして優しくしてくれるんだろ。
休みなら彼女さんのとこにでも行けば良いのに。

「昨日の話なんだけど…」
そうだ、早く返事をしておかないと。
「以前にも話したけど、私はもう結婚なんてしないし、したくない」
そう、結婚はないな。
一緒に住まないで籍だけ入れるなんて、絶対無理。
ちょっと浮かれてしまってた、現実を見ないと。
「匠さんも、そう言ってましたよね」

真剣な顔をして、
「考えが変わった。婚姻の確証がほしいんだ」
やっぱりそうなんだ、形だけの嫁が。でも『配偶者』って、どうしてそんなに必要なんだろう。
医者とか、違うって言ってたけど後継者とかなら必要なんだろうか。
夫婦同伴とかあるのかもしれない。

「ごめんね、なんか疲れたゃった。ちょっと寝ても良いかな?」
少し一人になりたい。
「ごめんね、医者が疲れさせて。寝るまでそばにいるから」
そんなの余計に寝られやしない。
「大丈夫、匠さんも疲れているだろうから、もう帰って休んでくれて良いから」
もうこれ以上甘えるわけにはいかないから。
「いたら迷惑?ほんとは俺がいたいだけだから…」
迷惑なんかじゃない。
ただ、匠さんの気持ちがわからない。