アラ還の、恋は野を越え山越え谷越えて

~匠 said ~

姉さんにおもいっきり腕を引っ張られて仮眠室に連れ込まれた。
まったく、どこにこんな力があるのか知らなかった。
「どうなってるの!」

なぜかすごい勢いで怒鳴られた。
「何が?」

「匠の事、病院中で噂になってるよ。二股だって!
陽子先生とまだ付き合ってたの!」
いや別れてからもうそろそろ20年、一度だって付き合てない!
何でそんな話が出てくるんだ?
「ならまた若いスタッフにちょっかいだしてるの」
『今は出してない』っていうか、俺から手を出したことは一度もない。
「とりあえず、女性と二人きりにはならないように。誰が見てるかわからないし、どう思われるかもわからないから」

「由佳さんの耳に入ったらどう思う?」
そりゃ嫌な気持ちになるだろう。けど、プロポーズまでしてるんだから大丈夫だろ。
この時はそんな心配なんかしてなかった。

「ちゃんと話とく。ところで『西園寺鈴華』って、姉さんの患者?」
鈴木蓮に頼まれてたのを思い出した。
「俺の患者が会いたがっているんだけど、面会謝絶って、言われたらしくて」

「別に体力的に長い時間起きていられないから話せないかも知れないけど、友達とかたまに来てるよ」
話が違う。
「あー、ただ、母親が友達の選別をしているみたい。会わせたくない人には面会謝絶って、言って追い返してるみたい」
なんだよそれ。って、言うことは鈴木は会わせたくないってことか。

「でもあの子、最近ほんとに元気なくって、食事もあまり取らないし、ほんとに面会謝絶になりそうなんだけど…」
「なんとかして会わせることは出来ないかな」
母親がいない時間を狙うとか。

「一度、父親に聞いてみる。会って少しでも元気になってくれたら良いし…」

夕方、鈴木が来たら教えてやろう。
それまでは由佳の病室にいることにした。

由佳の病室に行くと、もう荷物をまとめだしてる。
元気なのは良いけど、昨日事故に遭って入院したばかりなのに。