今思えば、そんな踏切渡ってしまえばいいと判断するのだけれど、 当時の私たちは、元来た道を戻って、 高架橋の下を渡るルートに帰り道を変更することを選んだ。 その理由は、その日は全体的に空気が霞みがかっていて、 線路の先まで見通せなかったことがひとつあった。