第三章、【最弱スキルで転生した俺、宿屋で目覚めたら2日経っていた件。そして、次のクエストはおばあちゃんの護衛?!】
──カサリ、と布の擦れる音で目を覚ました。



目を開けると、そこは見知らぬ天井。

木の梁が走る、あたたかい色合いの部屋だった。



(ここ、どこだ……?)



「あ、起きた!?」

パタパタと駆け寄ってきたのは、見慣れた顔。

ミーナがベッドの傍にしゃがみ込んで、満面の笑みを浮かべていた。

「良かったぁ〜〜!ほんっと心配したんだよ!?

君、2日間も眠ってたんだから!」



「えっ、2日!?」



思わず声が裏返った。

「うんうん、町の門番さんが、森の前で倒れてるの見つけてさ〜、ギルドに連れてきてくれたんだよ。

でも全然起きないから、宿屋さんにお願いして、休ませてもらったんだ」



ミーナがぺらぺらと説明する。

俺は、のろのろと体を起こしながら、状況を整理した。



(つまり──)



・スライムと格闘して

・森で気絶

・町の門番に拾われて

・ギルドに連れていかれ

・宿屋に預けられ

・2日間、爆睡



(……)

(……いやいやいやいやいや!!)



心の中で総ツッコミ。



変な汗がにじむ。



さらに脳裏に浮かぶ映像──



──誰かの叫び声。

──慌ただしい足音。

──体を抱き上げられる感触。



(誰かに……助けられた?)



(異世界冒険生活、開始早々にやらかしてんじゃん俺……!!)



顔を青くしていると、ミーナがくすっと笑って、

そっと俺のカードを差し出した。

「でもね、ちゃんとスライム討伐できてたんだよ!

カードにも記録残ってるから、安心して!」

見れば、確かにそこには──

【スライム 討伐数3】と、ちゃんと刻まれていた。

「……」

小さな達成感。

それと同時に、体の奥からじわりと温かいものが湧いてきた。



(この世界……悪くないかもな)



「ありがとう」

かすれた声で呟くと、ミーナがぱぁっと顔を輝かせた。

(……ああ、俺、ちゃんとここに居場所があるんだな……)



ギルド。

宿屋。

町の人たち。



たった1回の依頼で、こんなにもたくさんの人たちが、

俺を気にかけてくれた。

「……ありがとう」

小さな声だったけど、心からの本音だった。

ミーナは、またにっこり笑った。

まるで太陽みたいな、あったかい笑顔。



「うんっ!だから、次もがんばろーね!

実は、もう次のクエスト、用意してあるんだよ〜!」

「え、え、ま、まって──」

慌てて引き留めようとする間もなく、

ミーナはずいっと手を引っ張ってくる。

「さっそくギルドに行こっ!」

ニコニコ笑顔の強制連行。

俺の"のんびり異世界生活"、

夢見る暇もなく、絶賛ハードモード更新中だった──。



ミーナにぐいぐいと手を引っ張られながら、

俺はまだ完全に目が覚めきらない頭で必死に考えていた。

(まって、俺、2日も寝てたんだよな……?)

(体力もスキルも、ほぼ初心者のままなんだけど!?)

「……なぁ、ミーナ。どんなクエストなんだ?」

恐る恐る聞いてみると、ミーナは振り返りながら、

にっこりと──悪魔のように──微笑んだ。

「えへへー。ちょっとした護衛任務っ!」



(護衛!?)



心の中で盛大に叫んだ。

俺、まだスライム3体倒しただけだぞ!?

レベル?いや、そもそもこの世界、レベル制かすらよくわかってないんだけど!?

宿屋を出ると、朝の町は活気に溢れていた。

石畳を行き交う人々、店先から漂うパンの焼ける香り、

どこかで響く、鍛冶屋のハンマーの音。



(これが……異世界の普通の朝か……)



ほんの少し、ワクワクしてしまう自分がいた。

けれど、それ以上に胸の奥に広がるのは、不安だった。

だって俺──



(最弱スキル「微風」しか持ってないんだよな……)



名前だけ聞くと、なんか爽やかで気持ちよさそうだけど、説明を読む限り、

「たまにほんのちょっとだけ空気を揺らす」という、

超どうでもいいスキルだった。



(こんなので護衛とか、大丈夫なのか……!?)



ギルドに着くと、ミーナは勢いよくドアを開け、

中に飛び込んでいった。



「おはよーっ!」



明るい声が響く。

中では、何人かの冒険者たちが朝食を取っていたり、

受付の女の子が忙しそうに書類を整理していたりしていた。



「ミーナちゃん、おはよー」



「今日も元気だねぇ」



ちらほらと声が返る。

町のみんなに好かれてるのが、よくわかった。

そんな中、俺はぎこちなくついていく。

(完全に田舎の親戚に連れてこられた子供状態だな……)

受付に着くと、ミーナは胸を張って言った。

「この子、今日から本格始動だよっ!」

受付嬢の女性──栗色の髪をお団子にまとめた、

優しそうな人が、俺に微笑みかけた。

「ふふ、よく休めたみたいね。改めて、よろしくね。

護衛任務、がんばって!」

「……はい」

情けないくらい小さな声で答える俺。

すると受付嬢は、少しだけいたずらっぽく笑って言った。



「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。今日の護衛相手は──」



パタン、と彼女は机の下から紙束を取り出し、

一番上の依頼書をぺらりとめくった。

「──おばあちゃんのおつかいのお手伝いだから!」



「……え?」



思わず間抜けな声が出た。

ミーナも「うんうん!」と満面の笑みでうなずく。

「安心して!危ない道とか通らないし、モンスターも滅多に出ないから!」

「……それ、本当に護衛なのか?」

「うん!護衛だよっ!」

どこからどう見ても、ただのおつかいにしか聞こえなかった。



(よかったぁぁぁああ!!)

正直、心の中ではガッツポーズだった。

これなら、微風でもなんとかなるかもしれない……!!



「じゃ、詳細説明するから、ミーナちゃんと一緒にこっち来てねー」



受付嬢に促され、

俺たちはギルドの裏手にある小さな打ち合わせ室に向かった。

そこで待っていたのは──

白髪に丸めがね、杖をついた小柄なおばあちゃんだった。

そして、彼女が俺に向かって優しく笑いながら言った。

「若いの、あたしの荷物を一緒に運んでおくれな。

ついでに道中、狼が出たらちょいと追い払っておくれ」

(──おい。今、狼って言ったよな!?)

またしても、心の中で総ツッコミする俺だった──。