第一章、【最弱スキルで転生した俺、気づけばいきなり森で迷子】

暗がりの中、全身に冷たい空気が絡みつく。重いまぶたをこじ開けると、見知らぬ世界が視界に広がっていた。

あれ、俺、なんでここにいるんだ?ここは、どこだ?かつての記憶どころか、自分の名前すら思い出せない。

俺はズキズキと痛む頭を抑えながら記憶を遡る。俺、確か、ごく普通の高校生活を送っていて、それで...そっから思い出せない。

俺は死んだのか?あたりは四方八方森。俺が居た高校は...よく覚えてない。けれど都心だった。という事は覚えてる...。気がする。

「っ...?!いった...」

言葉に出した瞬間、さらにズキズキと頭が痛み、俺は顔をしかめた。

痛みの波にのまれながら、脳の奥底から記憶が押し寄せてくる。



俺は、前世ではどこにでもいる普通の高校生だった。

特別勉強ができるわけでも、運動神経がいいわけでもない。

友達もそこそこ。夢も特にない。

ただなんとなく、毎日を過ごしていた。

ある日、学校帰りにコンビニへ立ち寄った帰り道。

信号が変わるギリギリで横断歩道を走った、その瞬間だった。



──キキーッ

──ドンッ!!



「……あ、やば」

頭に鈍い音が響く。その瞬間俺は死を覚悟した。



次に目を覚ましたら、この世界にいた。

……つまり、そういうことだ。

俺は交通事故で死んで、異世界に転生したのだ。

「いやいやいや、転生って!!」

頭の痛みも忘れて、思わず声を張り上げた。

だが誰も助けてはくれない。森の中は静かにざわめくだけだった。

「はぁ...俺本当に転生したんだんな。」

小鳥の囁きと風で葉っぱが揺れる音しか俺の耳には届かない。それを聞き、俺は改めて異世界に転生したという事を実感した。

また頭が痛む。俺の頭痛は随分都合が良い(悪い意味で)らしい。

「異世界...かー。」

異世界...。異世界、そうだ異世界だ!異世界ならステータスの1つや2つはあるだろう。俺は前世の記憶を遡り、異世界系の小説を読んでいたことを思い出す。

ズキズキと痛む頭を抑えながら、俺は小説で読んだ内容を思い出し、手を人差し指にし、前に突き出す。

「ステータス、オープン!!」



そう言葉にすると目の前にふわりと、透き通ったウィンドウが浮かんだ。



──【ステータス】──

名前:???

レベル:1

スキル:【微風(効果:そよ風を起こす)】



「……は?」

痛む頭を押さえたまま、俺は思わず呆けた声を漏らした。



【頭痛も、迷子も、最弱スキルも。】



ようやく頭痛が少し治まり、体を起こした俺は周囲を見渡す。

どこを見ても、見たことのない森。

助けを呼んでも、反応は返ってこない。

そして頼みのスキル【微風】は、手のひらからふわっと弱い風を吹かせるだけ。

「……こんなんで、どうやって生きろって言うんだよ…」

前世でも大したことなかった俺は、転生後もやっぱり平凡以下。

状況を打開できる力もなく、ただ小さなため息をついた。



転生して早々、絶望してる場合じゃない。

まずはこの状況をどうにかしないと、生き延びることもできない。



フラフラの体を起こして、足元の枝を避けながら歩き出す。

だけど、どっちに進んでも見渡す限り森、森、森。

そして案の定──

「……あれ? どっちから来たっけ?」

五分で迷子になった。

絶望的な方向音痴スキルだけは、転生してもちゃんと持ち越していたらしい。



木の根に引っかかって転び、ぬかるみに足を取られ、無駄に虫に刺され。

誰も見ていないのをいいことに、何度も地面を叩いて泣きそうになった。



「こんなはずじゃなかった……!」



強くてニューゲームだと思ったのに。

魔王をぶっ倒す英雄コースだと思ったのに。

まさか、森で迷子&そよ風しか起こせない人生リスタートだなんて。



でも、それでも。

まだ、ここからなんとかできるかもしれない。

「……絶対、ここで終わってたまるか」

握りこぶしを作って、俺はまた歩き出した。

その時だった。

小さな足音と、ぴょこぴょこと跳ねる気配。

振り返ると、ふわふわの白いウサギのような生き物が、俺をじっと見上げていた。



白いウサギ──に似た生き物は、俺をじっと見つめていた。

大きな耳がぴくぴくと動いている。

どう見ても普通の動物には見えない。どことなく、賢そうな空気を纏っていた。

「……お前も、迷子か?」

冗談半分に問いかけると、ウサギはこくりと首を傾げた。

まるで、わかっているかのように。

そして次の瞬間、ふわっとした感覚に包まれる。

ウサギの足元に、小さな光の道が浮かび上がったのだ。



「え、なにこれ」



俺は思わず手を伸ばしかけたけど、触れられなかった。

ただ、光は一本の線になって、森の奥へ続いている。

ウサギは小さくぴょんと跳ね、俺を誘うように進み始めた。

「……まさか、道案内?」

一瞬だけ迷ったけど、他に頼るものもない。

俺はウサギの後を追いかけて走り出した。



【微風の力、初めて役に立つ。】

だが森は甘くなかった。

茂みに足を取られ、枝が顔に当たる。



「痛っ……うわっ、ちょ、待って!」



必死で追いかけるも、ウサギはぴょんぴょん先を行く。

そのとき、ふと思い出した。

──俺には【微風】がある。

「スキル、発動!」

試しにスキルを発動してみた。

すると、ふわりと涼しい風が吹き、茂みの葉っぱがぱぁっと開いた。

「おおっ……!!」

視界が一気に開ける。

そのおかげで、足元に潜んでいた大きな穴もギリギリで回避できた。

「……役に立った!! 微風が役に立った!!!」

一人でガッツポーズを決めながら、俺は必死でウサギを追い続けた。

どれくらい走っただろうか。

やがて、木々の隙間から光が差し込んだ。



ウサギは最後に一度だけ振り返ると、ぴょんっと高く跳ねて、森の外へ飛び出していった。



俺もその後を追い──



「……すげえ……」



目の前に広がっていたのは、小さく、でも賑やかな街だった。



異世界。

本物の異世界だ。



思わず膝から崩れ落ち、地面に手をついた。

「俺、ほんとに……転生したんだ……!」

ウサギは、森の入り口でちょこんと座りながら、俺を見上げている。

まるで「よく頑張ったな」と言わんばかりに。

「ありがとうな」

小さくつぶやくと、ウサギは満足げにぴょこんと跳ね、森へ戻っていった。

こうして、最弱スキル【微風】しか持たない俺の、

"迷子スタート"大冒険は、ようやく一歩目を踏み出したのだった──!!