嫌われているはずが、まさかの溺愛で脳外科医の尽くされ妻になりまして

「はい、お弁当です」

 お弁当の入ったバッグを渡し、遥臣を玄関で見送る。

「ありがとう、昼が楽しみだ」

 靴を履いた遥臣の腕がこちらに伸びてきそうな気配を察知し、美琴はさり気なく体を引き距離を取る。

「い、いってらっしゃいませ!」

「……いってきます」

 一瞬動きを止めたものの、遥臣はいつもの笑顔を残し出勤していった。

(不自然だったかな? いや、大丈夫なはず)

 ドアを見つめながら美琴は自問自答する。

 学園祭から10日ほどたっていた。
 あの日、遥臣への恋心を自覚した美琴はおおいに焦った。いつかは別れる雇い主を好きになったらアウトだ。

(いくら遥臣さんが昔を気にしないって言ってくれたからって、調子に乗っちゃダメ)

 この恋心は封印しなければ。そう決めた美琴が見直したのは遥臣との距離感だ。

 これまで受け入れていたハグやキスはごく自然を装いながら回避を繰り返し、受け答えもなるべくビジネスライクに。最初は不思議そうな顔をしていた遥臣も察してくれたのか、むやみやたらに触れてこなくなった。

 寂しい、なんて思ってはいけない。そもそもこれが適切な距離なのだ。