嫌われているはずが、まさかの溺愛で脳外科医の尽くされ妻になりまして

 白衣姿の彼――瀬戸遥臣(せとはるおみ)は美琴のかつての婚約者だったから。

 
 玄関ドアを開けた美琴は、肺の中の酸素を全部出す勢いで溜息をついた。

「めちゃめちゃ驚いた……」

 あのあと美琴は難なくエントランスに辿りつき、帰宅の途についた。

 東京駅から電車で30分弱の荻窪からさらに歩いて20分。この昔ながらの木造物件のアパートの二階が美琴の家だ。浴室、トイレ、洗面がひとつになったユニットバスだが、独り暮らしには十分だ。

 とはいえ、築年数30年越えなのでいたるところにガタがきており、窓は一度開けると閉めるのに苦労する。隙間風も入るから冬は寒いが、裏に林があり、日当たりが悪いので夏は割と涼しい。

 大学三年からここに住み始めて約六年、破格の家賃を理由に就職してからもここに住み続けている。

 節約料理が得意で、楽しみといえばお笑いの動画を見ることくらい。とにかく倹約を心掛けて生きている美琴が元は大会社の令嬢で、家が決めた婚約者までいたといっても誰も信じないだろう。

 美琴の生家、平林家は元々医療機器メーカーを営んでいた。