「えっと、この箱が服だよね」

 東京メトロ溜池山王駅からほど近い15階建ての瀟洒なマンションのゲストルームで、美琴は引っ越し用の段ボールを開けていた。

「うーん、なんか、いまだに信じられないなぁ……」

 独り言が多いのは独り暮しが長かったせいなのだが、そうではなくなる現実に美琴はまだ戸惑っていた。

 今日から美琴は、遥臣の妻としてこのマンションで彼と暮らす。

『美琴、俺たち本当に結婚しないか?』

 遥臣にそう言われたとき、美琴はまず不快感を覚えた。

『たちが悪い冗談ですね、同情ですか?』

 彼が本気でこんなことを言うはずがないし、仮に本気だとしても、落ちぶれた美琴の状況を憐れんでいるに違いない。

『同情じゃない、取引だ。むしろ俺のメリットが大きい』

 遥臣は反発する美琴にひとつひとつ説明していった。

 理恵子には美琴との婚約の話を父に話さないように頼んだものの、彼女のあけすけな性格からして黙っているのは難しいこと。

『あと、君は少しやりすぎた』

『やりすぎ?』

 キョトンとする美琴に遥臣は苦笑する。