嫌われているはずが、まさかの溺愛で脳外科医の尽くされ妻になりまして

 大学卒業後、なんとか都内の印刷会社に就職できた。
 業界中堅の企業で残業も多く、今思えばブラック気味だった。それでも美琴は必死に働いた。少しでも長野で暮らす両親と兄弟たちに仕送りしたかったからだ。
 しかし、その会社が入社三年目で倒産してしまう。

 途方にくれた美琴が見つけたのが、駅前のビルの入り口に貼ってあった小中学生向きの学習塾の講師の求人だった。

 昔から子供は嫌いではないし、次の会社が見つかるまでの繋ぎという甘い考えだった。
 しかし働いて認識を改めた。わかりやすい授業をするのは工夫が必要で大変だったし、資料作りや、子どもたちからの質問対応、親を含めた三者面談など、授業の他の業務もいくらでもあった。

 でも、ここで初めて美琴は仕事にやりがいを感じた。
 子どもたちはかわいかったし、成績が上がったり、希望の学校に合格を果たせたときは自分のことのように嬉しかった。

 これからも続けていきたいと思っていた矢先だったのに、人員整理を理由にクビになってしまった。働き始めて二年だった。
「私って貧乏神なのかしら、行く先々で経営難を引き起こしてない……?」